最終話 転生猫は、第二の生を謳歌したい。
それから俺達は、すっかり
琴音は校外学習や定期テストに打ち込み、レイは仕事帰りの琴音母を癒やす。そして俺は、彼女の家庭教師役や自宅の警らに力を注いでいた。
◇◇◇
一方でスティエラは、エマの肉体にもだいぶ馴染んだらしい。琴音とともに二階堂の家に上がると、彼女は猫らしく毛づくろいをしていた。
「調子の方はどうだ?」
「程々にいいよ。それより……手や道具が使えないって、こんなに不便なんだね。ほら見て、舌が毛だらけでとても不快」
「……これは酷いな。俺まで気分が悪くなってきた」
人間用と変わらない豪製なベッドに横になりながら、雑談を繰り広げる。その最中、レイはベッドの隅で丸くなっていた。どうやらスティエラの行いを、まだ完全には許せていないらしい。
俺達の会話は、あの場に居合わせた者にしか聞こえない。故に、“二階堂”も例外ではないのだが――
「ふふっ、久しぶりに会えたからかな? エマ、なんだかとっても楽しそう」
「うんうん。毛づくろいが苦手同士、気が合うところがあるみたい。「人間みたいにクシでブラッシングしたい」って――」
「わあっ、すごい……! もしかして、琴音は猫さんの言葉が分かるの?」
「え? あ、いや……! わ、分かんないけどそういうこと言ってソウダナー!」
琴音は相変わらず嘘のクオリティが低い。二階堂が素直でなければ、乗り切れていなかっただろう。
◇◇◇
あの日スティエラは、自身と藤香としての魂が別に存在していることを明かした。一つの肉体に、二つの魂が共存している状態だと。
「ならば、エマの肉体に宿ることは可能か?」
「うん、いいよ。人間の身体にも飽きてきたから」
駄目元で聞いてみたのだが、彼女は意外にも快諾してくれた。以降小鳥遊兄弟は、スティエラの監視を兼ね、時折二階堂の家を訪問しているという。
「さて、そろそろ帰るとするかな」
「もう帰っちゃうの?」
「小鳥遊兄弟にも顔を見せないといけないからな」
「あ、それなら――」
スティエラがドアを見ると、見計らったかのようなタイミングでノブが回る。
「おう、おまえら。凛太郎さまが遊びにきてやったぜ」
「凛太郎くん! それに、誠さんも!?」
「こんにちは、琴音さん。レイ君やヨスガ君も、元気そうで何よりだよ」
二階堂の表情を見る限り、彼らはサプライズゲストとして待機していたらしい。小鳥遊弟に親指を立てる彼女は、年相応に幼い。
だがそれに気付かぬ琴音は椅子から離れ、小鳥遊兄弟に歩み寄る。
「こんにちは――ってあれ、凛太郎くんまたおっきくなった?」
「ふっふっふ……。去年より5センチものびたんだ、すげーだろ」
「えっすごい!」
「まーな。のびしろのないおまえとはちがうんだ」
「わ、私だってまだあと2センチくらいは伸びてみせるもん!」
口の達者な弟は、出す機会を失った紙袋をぶらぶらと揺らしている。その大きさは鞄程あり、彼の身長に対して存在感はあるはずなのだが、不思議と琴音達は探りを入れない。
すると兄が、それとなく助け船を出す。
「ほら凛太郎。渡すなら今だよ」
「! そ、そうだった忘れてた。ほらこれ、うまいおかし持ってきたからみんなで食べようぜ!」
勢いよく突き出された長方形の缶。その表面に描かれたクッキーに、真っ先に喜んだのは琴音だった。
「あっ、それってすっごい人気のやつだよね? わーい! 食べる食べる!」
「うわっ、出たなかしくい星人! こうなったら――行け、しゅごじゅうレイ!」
「ニャー!」
小鳥遊弟が指を差すと、レイは琴音に飛び掛かる。すると琴音は二階堂の陰に隠れ、流れるように追いかけっこが始まった。
「フッ、随分と賑やかなものだ」
「うん。けど、嫌いじゃないでしょ?」
「ああ、そうだな」
戯れに決着がついたところで、俺達はテーブルを囲み、揃って間食を口にする。その有り様は猫カフェのようでありながら、家族団欒の如き心地よさだった。
◇◇◇
時に笑い、時に衝突し――やがて、桜が咲く季節となった。月日の流れは恐ろしく速く、カレンダーを捲る役目をしばしば忘れてしまう。
『あれからもう、一年経ったのか』
眼前に在るのは、全ての始まりとなった公園。芽吹いて間もないたんぽぽ、陽の浴びが浅い若葉。制服姿の彼女も伴い、まるで当時に戻ったかのような錯覚さえ起きる。
『……懐かしいな』
目を閉じ回顧していると、傍らの琴音は穏やかな笑みをこぼす。
「ねえヨスガ、ここで暴れてたの覚えてる?」
「心外な。俺はその時、“とんだ出歯亀娘と遭遇してしまった”と頭を抱えていたのだ」
「ひどい!」
時間があるため、園内を歩き始める。そのスピードは感覚で言うと、5分もかからない距離を、30分かけるような遅さだ。
「……色々あったな」
「うん。……ヨスガと出会ってバイトして、猫モにエントリーしたら、藤香と友達になれた。レイちゃんのキーホルダーをくれた時は嬉しかったな」
「代わりに渡したのは、俺の盗撮キーホルダーだったか」
「言い方!!」
ちなみにエマのキーホルダーも製作されており、今や琴音の机は猫で溢れている。どうやらクラスメイトに好評らしく、日々新作を迫られているようだった。
『そういえば、あのかしましい3人もバッグに着けていたな』
学校に行けないだけに、他者との交流が垣間見えるのは喜ばしい。ひとり脳内で脱線していると、琴音は振り返りを先導する。
「そうそう、その後に藤香と遊ぶ約束したんだよね。でも道の途中で、小鳥遊さんにぶつかって気絶して……。ふふっ、あの時はびっくりしたな。まさか漫画みたいなハプニングが起きるなんて思わなかったよ」
「こっちの台詞だ。幸いにも怪我は無かったが、事と次第によっては親を巻き込んでたぞ」
「あははっ、たしかに!」
追想は止まず。道中の自販機で水を買い、茂みの傍のベンチに腰を落とす。しかし水は存外ぬるく、琴音は「入れたばかりなのかな」と笑った。
「それでもその後、一緒に花火大会に行くくらいに仲良くなれた。……そして、ヨスガの家族も何だかんだ全員見つかって」
「ああ。物語で言えば、無事“ハッピーエンド”に出来た訳だ」
すると琴音は、ペットボトルを握り不安げな表情を見せる。
「……ねえ、今ヨスガは幸せ?」
「無論だ。これ以上の幸福は、願えば
「えへへ……なら良かった。これでもし「いや、まるで不幸だ」なんて言われたら、ショックで動けなくなるとこだったよ」
「俺はそこまで冷酷ではない」
園内の歩み残しも、あと僅かになっており。どうせならと、最後に思い切って本心を問う。
「……琴音はどうなんだ? 今のお前は幸せか?」
「もちろん。前世のときと同じくらい幸せだよ」
「ふっ……そうか。ならば――これからも宜しく頼むぞ、琴音」
「うん!」
面映さに踵を返し、散歩を再開する。目的地はない。しかし、琴音の父と新たな
『あてどないが、無意義な歩みではない。――まるで、人生のようではないか』
琴音に寄り添いながら、分かれ道のどちらを選ぶか話し合う。
俺の第二の人生――もとい、第二の猫生は始まったばかりだ。
転生猫は、第二の生を謳歌したい。 禄星命 @Rokushyo_Mikoto
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