第3話

 三代まほの部屋。ベッドの縁に腰掛け、ぬいぐるみに話しかける。


三代まほ  あなたが人間だったらよかったのにって昔はよく考えたのよ。

私は内気でとろい子どもで、他の人のように軽くお喋りに加わることもできず、学校ではいつも一人ぼっち。家が恋しくてたまらなかった。帰ればあなたに話しかけられるから。

新しく習った漢字、下校中に見かけた花の色、信号待ちの間に盗み聞きしたママ友たちの雑談の内容……。何でもかんでもあなたに話した。相槌ひとつ寄越してくれないのに。

通知表には相変わらず、「積極性が欠けている」と書かれた。そのことはすでに話したと思う。そして今から話すのは、私が無口な本当の理由だ。


端的に言えば、私が考える程度のことは誰かが先に行ってしまうからだけど……あれ、今何か言った? ……言ってないよね。四十人クラスで一人がボケたとして、他の人がツッコミを入れようとしたら、最大で三十八人ライバルがいるの。もちろん全員が最初のボケを傾聴しているわけではないから実際の競争率は低いんだけど、私がその競争で勝つことはないの。……ええ。うん。だから小さなグループに分かれるんだろうね。役割を持てる人が増えるわけだし。それを踏まえれば、積極性や主体性を発揮する理想的な状況は一対一ってことになるのかな。……何かおかしい? ペアを組みたいと思われるほど私が魅力的でなかったってことでしょ。私も一人のほうが楽だしね。相手を楽しませようと張り切ることもなくて。だから、だからね。今更喋り出したりしないでね。独り言を続けさせて。


大学に入って一番驚いたのはね、図書館の蔵書数なの。私の寿命があと五世紀伸びても読み切れないくらい。そして、私をわくわくさせる本の著者がもうこの世に生きていないということ。これは恐ろしいことだよ。生きている人に向けられたかもしれない興味を命のないものが集めているというのは。知識や魂のアーカイブに簡単にアクセスできてしまうこの時代に、それでも人を求められるほど私のエゴは強くない。

ああ、だからなんだね。いやぁ、ちょっとした予感なんだよ。あなたを遠くに捨てに行っても、ひとりでに戻って来るんじゃないかって、そんな気がするの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

元常識人たち 呪わしい皺の色 @blackriverver

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ