127、グレンドの懸念点、フレイラの一幕


「念のため聞くが、きみはおれたちに協力してくれる、ということでいいんだな?」

「はい、まあ、一応は。……何をさせられるかにもよりますけど」

「はは! 安心してくれ! きみが嫌がるようなら無理強いはしない、つもりだ!」


 張りつめていた空気を霧散させ、ニコニコと笑うグレンドの口調は柔らかい。が、強引さを知っているせいか、疑うどころか当たり前のように付け足された「つもり」のひと言にグレンドへの信用がマイナスまで振り切る。

 マイカはその様子に肩を竦めて首を振った。もはや何を言いたいかは聞かなくてもわかる。


「……大丈夫なの。アオイちゃん。いざとなったらマイカがぶん殴ってでも止めるから」

「……はい。いざというときはお願いします」

「む、本当だぞ! マイカの恩人になるであろうきみに無理はさせないつもり……聞いているのか?!」


 そんな状況なんて来てほしくないと願うばかりだが。

 真剣な顔で互いに頷きあうマイカと俺にグレンドが慌てた様子で言いすがるが、そこで嘘でも「させない」と言い切れないのがこいつの良いところでもあり悪いところでもあるのだろう。

 場を切り替えるように咳払いがひとつ落ちる。それは乾いた空気で反響し、奇妙なほど高く聞こえた。


「とにかく、だな! きみがいるとならば計画を色々と練り直す必要がありそうだ」

「……一応聞くんですけど、具体的には何をしようと?」

「食料培養施設とエネルギープラント、まあつまりはフレイラたちが運営する施設の襲撃だな!」


 グレンドは手元の端末を操作し、宙に投影された半透明のウィンドウに記された地図らしきものを指さす。大きな施設なのか、簡略化された街並みの中でそのどちらもがかなりの存在感を放っていた。

 俺が何と返すか迷ったのを見てか、マイカが慌てたように言葉を足す。


「しゅ、襲撃と言っても壊すことが目的じゃないの。どっちかというと襲撃で騒ぎを起こしてフレイラを引きずりだすのが目的なの」

「うむ。付け加えるなら、目指すところは破壊でなく鹵獲ろかくだ。最悪、あの女が出てこずともあの拠点を抑えられれば、戦況はおれたちに有利に傾くだろうからな!」


 襲撃に鹵獲。まったくもって「らしい」言葉ばかりだ。一国の敵になったのだという実感が今さらになって頭をもたげてくる。が、うだうだ考えても仕方がない。この状況に一切の後悔がないと言ったら嘘になるが、国の歪みについて聞いてしまった以上、やっぱりやめますなんて言うことはできそうになかった。

 埃臭い空気を吸う。

 覚悟を決めろ。腹をくくれ。国を敵に回すなんて、もう通ってきた道だ。


「私は何をすれば?」

「きみには後方支援を頼みたい。襲撃は怪我人が大勢でるからな!」


 さすがにいきなり最前線に立て、ということはないらしい。どうやらシュラ王国のときのように積極的に攻撃しに行く必要はなさそうだ。そう思うだけで情けなくも幾ばくか気が楽になってしまうのは、戦争なんて言葉からは遠い現代でぬくぬくと生きてきたが故か。


「で、でもグレンド。この子は閉じ込められてたの。襲撃現場に連れて行ったりしたら、真っ先に狙われるんじゃ……」

「……その点は懸念している。だが、おれは使えるものは使う主義だ。それに、あいつらの傷にマイカだって心を痛めていただろう?」

「うーん、それはそう、だけど……」

「それに、こう言っては悪いが今は彼女のことより考えるべきことがあるはずだ」


 話を聞くに、どうやらグレンドやマイカ以外にも仲間がいるらしい。今のところどんな顔ぶれかは想像もつかないが、頼むからグレンドのような戦闘狂やフルール国の連中のような奴ではあってくれるなと願うばかりである。

 なおも煮え切らない様子のマイカを遮り、グレンドが口を開く。聞く姿勢は見せているものの、奴の中ではもはや決定事項なのだろう。


「カゲロウ。この襲撃が成功したとしても、あの男をどうにかしなければ結局のところすべて無駄に終わるだろうからな」

「……うん。そうだね」


 脳裏に左目に傷を負った、震えあがるほどの威圧感をまとった男の姿がくっきりと浮かび上がって、思わず俯く。俺でもわかるほど、あの男は強い。あいつは俺の目の前で騎士たちと女神、ライゼの猛攻をするりと躱し、たったひとりで圧倒して見せた。

 こちらの武力が一切通じなかったのだ。勝つ、というビジョンがこれほどまでに浮かび上がらない相手もいない。


「あいつはおれを殺そうとしない。殺す気がない奴に、おれは全力を出せない。……その状態で勝てるような相手じゃない」

「……」

「マイカとの約束を違えるつもりはない。が、おれたちが捕らえられたら本末転倒だ。現状でどうにかする手段を考えたいところだが……」


 思案するグレンドからマイカが気まずそうに眼を逸らす。しかし、その口から約束を破棄するという言葉が出ることはない。

 グレンドにかけられた制約。それは一見するとグレンドという武力を損なっているようにも見える。が、マイカがその制約を課した理由はなんとなくわかる気がした。突き動かされるほどの激しい衝動を身の内に抱え、それを実行できる実力を持ち、倫理観のブレーキが壊れている。目的のためなら破滅の道を笑顔で駆けていきそうな、そんな危うさ。

 要はこの男、目を離せないほどに不安定なのだ。それこそ制限でも設けないと安心できないほどに。

 そんなことを思われているとは考えてすらいないのだろう。グレンドが顎に手を当て、斜め上に視線を固定する。その横顔は生前の俺よりも年若い。


「せめて、あの男の異能だけでもわかれば、手の打ちようも──」

「そ、それならわかりますよ」

 

 聞いた瞬間、思わずつるりと出た言葉に、ふたりの首がものすごい勢いでこちらを向く。重低音の「は?」という声と、そのあまりの剣幕に悲鳴がもれかけたのを何とか呑み込んで、俺は続けて「使っているところを見て、わかったので」と適当な理由をつけた。神々にしか見えない便利なマニュアルの不便なところである。

 しかし、と俺は思う。

 あの異能は、わかったところでどうにかできるようなものなのだろうか。




 ※※※




「いい? 必ずあの女神を連れ戻すのよ。あなただって? これ以上、お母様を怒らせないでね」

「はい。わかって、います、お母様」

「いい子。それでこそフレイラだわ」


 じんと、張られた頬の痛みを誤魔化すように金髪の女がするりと髪をなで、その心地よさにフレイラは目を細める。

 例の女神が連れ出されたと知った直後こそマリエラは興奮気味だったものの、それもずいぶん落ち着いていた。今はいつも通り白く粉をはたいた頬に笑みを浮かべ、椅子に腰かけたフレイラの髪を梳いている。部屋に唯一あるその家具は、マリエラより背の高いフレイラが頭を差し出すためだけに存在していた。

 優しく褒める甘やかな声が、耳朶を震わせる。フレイラはそっと頭を預けたまま、その声に聞き入った。褒められる喜びと、従えばいいという安堵感。

 が、十分もたたないうちにその両方がフレイラから離れていくのを感じ、白髪の女神は伏せていた目を開いた。視線の先、暗闇に沈み始めた部屋の中で通路から差す明かりに照らされた金髪がチカリと目に焼き付く。


「じゃあね。フレイラ」


 マリエラはただの一度もフレイラに「おやすみ」と言ったことはなかった。それが意地悪でも何でもないことをフレイラは理解している。フレイラは女神だから。ただ、それだけの理由だ。

 ぷしゅん、と扉が閉ざされ部屋が完全な闇夜に沈んでから、フレイラはようやく椅子から腰を上げた。色彩の欠けた白が頼りなく暗がりを泳ぐ。


「カゲロウ」

「ああ」


 返答と共に、ぼうっと白いシルエットが浮かぶ。

 いつの間に入っていたのか、それとも初めからそこにいたのか。それを問う声はこの部屋にはない。ただカゲロウと呼ばれた男はまるで幽霊のようにフレイラの背後に控えており、フレイラは振り返ることすらせず会話を続ける。


「必ず、あの女神を、捕まえてください。それが、お母様の望みです」

「……ひとつ、問うが。我が主よ、ならば何故、あのとき拙者を止めた」


 フレイラの目は動かない。睫毛に縁どられたそれは、過ぎ去った金色を追っているかのように瞬きすらせず、閉じた扉へと向いている。


「あの女であれば激高すると、わかっていただろう。我が主はそれが一番堪えると、記憶しているが」

「止めなければ、殺す気だった、でしょう」


 間がひとつ、落ちる。


「……あれは危険だ。今は抑え込めようと、拙者の異能を打ち破る日も近いかもしれん」

「それでも、この国の民である限り、彼らは庇護対象です。彼らもまた、幸福でなければなりません」

「……その幸福で、主の身に危険が及ぶとしてもか」


 そのとき、初めてフレイラの首が後ろを向いた。白と黒の視線が交わりあい、カゲロウの喉が小さく上下する。

 フレイラの目は凪いだ湖面のように静かだった。まるで動かす必要などないと、そう言いたげに。


「だとしても、です。、彼らの命を奪うことは、許しません」

「……了解した。我が主よ。それが望みとあらば」


 当然だと、文字通り白い目が語っていた。

 それを見て音もなく、カゲロウの身が離れる。フレイラはじっとその様子を見ていたが、その気配が消える寸前「そういえば」と、彼女にしては珍しく、思いついたことに突き動かされるように口を動かした。


「私も、聞いてみたかったのですが」

「どうした」

「カゲロウは、何故その異能を選んだのですか」


 他にも選択肢はあったはずなのに、願えば人ならざる力すら手に入れられたはずなのに、追い抜かれることなど考えなくていいはずだったのに、何故。


「……なに。身に過ぎた力は目を曇らせ、行動を誤らせる。それに──」


 まるで子供の疑問のような問いかけに、カゲロウは振り返らずに答える。爪痕のついた手のひらが仮面をとり、フレイラの視線を遮るように男の表情を覆い隠した。


「それさえあれば、届いた刃も手もあったと──考えただけのことよ」


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女神に転生した俺、異世界転移者たちを家に帰します~駆け出し女神のマニュアル奮闘記~ きぬもめん @kinamo

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