第2章 夏 Ⅰ

波が足元の貝殻を拐う。綺麗だったのに。と手を伸ばしてみると、冷たい海水が嘲るように指の間をすり抜けていく。顔に纏わりつく切りたての髪は、鬱陶しいけれど大好きだ。

胸元まであった髪を一気に短くした。ベリーショートまではいかない、自分の丸い輪郭を覆うようにカットされたショートヘア。丸い顔は隠して欲しいと頼んだつもりが、髪型のせいで頭自体がまん丸に見えてしまった。慣れないヘアアイロンに悪戦苦闘しながらも、重力に逆らう後頭部の寝癖をなんとか直したが、手には絆創膏が2、3枚。不器用なのがバレてしまいそうで、なんだか恥ずかしくて、手はなるべく隠して学校へ歩いた。

「え、心澄髪切ってる!めっちゃかわいーね、おはよう!」

席に着くと直ぐに、隣の席の友人が挨拶をしてくる。窓際の彼女はいつも笑顔で、なんだか向日葵のようだ。

「おはよう晴夏。…似合うかなぁ、」

嬉しいような、恥ずかしいような気持ちに揉まれながらぽつりと返事をする。

「似合ってるって!超可愛いよ!」

セーラー服の袖で手を隠して椅子に座る。私の席を照らす夏の太陽はやかましいくらいに元気で、それにこんがり焼かれたクラスの男子はもっと元気だった。

「井上髪切ってるー!失恋したんだろ!」

小学生のようなノリにうんざりしていた私は毎回のように無視を貫く。なにより、晴夏に近づきたい下心が丸見えだったから余計に嫌いだった。やめてあげなよ、と立ち上がると揺れる彼女のポニーテールが可愛らしい。そこからちらりとこちらを覗くうなじも、振り向いた時の下がりきった眉も。晴夏は、どんなに羨んでも羨み足りないほどに可愛らしくて魅力的だ。自分の手中に収めておきたいほどに。

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春の宵に沈む 井ノ中 蛙 @652748-a

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