目が覚めたら知らない女子が当然のように家にいて彼女面してるんだけどナニコレ

むべむべ

目が覚めたら知らない女子が当然のように家にいて彼女面してるんだけどナニコレ

 目が覚めたら、知らない女子の顔があった。


 誰だこいつ。

 寝起きで中々回らない頭をフル回転させて記憶を浚ってみたものの、一向に思い出せなかった。


 女はニコッと可愛らしい笑みを浮かべた。


「おはよ。もう7時30分だよ?寝坊助さんめ。朝ごはん作っちゃってるから、先に顔洗って歯を磨いてきてね」

「……あー、うん」


 真っ先に思いついたのは不法侵入者の線だ。

 だがいくら見た感じ未成年で法の裁きも軽くなる年齢だからといって、侵入先の家でこんな悠長に家主をもてなす態度を取れるだろうか。


 否、不可能である。

 よしんばできたら、それは異常者だ。

 ……いや、知らない女が家にいる時点でもう九分九厘の確率で異常者ではあるのだが。


 とりあえず脳を立ち上げるためにも洗面所へ赴く。

 ちなみにウチの親はよく仕事で家を空けるため、現在俺は一人暮らし状態だった。

 そういった事情も見越して侵入してきたというなら、かなり計画的な犯行と見做せるが、果たして。


「じゃぶじゃぶ」


 冷たい水を顔に当てて脳の覚醒を促す。


「しゃこしゃこ」


 そして粘ついた口内を磨き、洗い流すことで気分をスッキリさせる。


「よし、完全に目が覚めた」


 さて、完全覚醒を遂げた頭でもう一度よく考えてみよう。

 あの女子は一体何者なのか。


 こういった流れで定番なのは、お酒を飲んで酔っ払ってる間にナンパして相手をひっかけ、そのまま一夜を共に過ごす…みたいな感じだろう。

 エロ漫画でよく見る。


 だが俺は未成年の高校二年生だ。

 当然飲酒なんて御法度な年齢だし、遵法精神に欠ける札付きの不良でもなかった。

 そもそもウチの親はお酒を飲むと割とだらしなくなるので、俺は大人になっても決して飲むまいと心に決めているのだ。


 昨日は確か、普通に学校に行って、普通に高校生活を送り、普通に帰ってきたあと、普通に宿題をして、普通に日課をこなして、普通に寝たはずだった。

 あんな女が介入する余地など一ミリ足りとも存在しなかった。


「……ダメだ、糖分が足りないせいで脳がうまく働かない」


 起床後数分のうちに考えていい思考量ではない。

 仕方ない。俺は覚悟を決めると、魔のリビングへと足を踏み入れた。


「あ、やっと来た。ちょっと顔洗って歯を磨くだけなのに遅かったんじゃなーい?」

「ちょっとまだ目覚め切れてなくて」

「あはは、じゃあ早いとこ朝ごはん食べちゃって。そしたらエネルギー補給ができて脳みそくんも飛び起きちゃうよ」


 得体の知れない相手の作ったご飯を食べるのは少し、いやかなり気が引けるが仕方ない。

 ここで無理に拒否したらどうなるか分からない。

 大人しく椅子に座ると、俺好みの加減で焼き上げられたトーストを頬張った。


「……美味い」

「そう?よかった。定番のトーストと目玉焼きとサラダにしてみたんだけど、美味しかったなら何よりだよ」

「わざわざありがとう」

「いいってことよ、気にすんな!」


 女は笑みを浮かべながら、楽しそうにパンを食べた。

 とても快活そうで気の利いた女性だ。

 これが正体不明の不法侵入者ではなく、長年親しんだ幼馴染とかだったなら、多分もう既に恋に落ちていただろう。


 だが残念なことに、俺の幼馴染は100メートル先の家に住んでる男友達の桑原大介だけだった。

 ラブロマンスは期待できそうにない。


 食べ終えてご馳走様の挨拶をすると、朝食の皿を洗うことにした。

 女は自分がやると言っていたが、いくら侵入者とはいえご飯を作ってもらった相手にそこまでやらせるのは違うだろう。


「えへへ、やっぱり君は優しいねっ」


 そういうと、彼女は朗らかに表情を蕩けさせた。

 とても可愛らしい笑顔だった。

 どうしてもっと普通の出会いを果たした末に現れてくれなかったんだろう。心の底からそう思った。


 さて、朝食を終えたら登校の時間だ。

 果たして女はどういう行動を取るのか。ドキドキしながら待っていると、同じ高校の制服姿で現れた。


「じゃ、行こっか」


 ここまで来たら俺の方がおかしいのかもしれない。

 それくらい自然な様子で、彼女は家の鍵を閉めるのだった。


「冴えない君に美少女の腕組みをプレゼントしてあげよう!」


 そういって腕にまで抱きついてくる始末。

 豊満な胸の感触が伝わってくる。

 年頃の男子高校生である俺としては照れざるを得ない状況だったが、努めて冷静を装い思考を回転させた。


 こういうパターンでありがちな、二つ目の例をあげよう。

 即ち、俺が記憶喪失していて、それに気づいていないといった展開だ。


 一昔前の泣きゲーとかではよくあった。

 例えば病気で定期的に記憶がリセットされるとか、例えば事故か何かで特定人物の記憶だけ抜け落ちてしまったとか……。

 その場合、俺のような状況に陥っても不思議ではない。


 というわけでスマホの画面を点けてみる。

 そうした状況の場合、記憶している日付と実際の日付が異なっていたりするのだ。

 さて今回はどうだったかというと、日付も年月も俺が記憶している通りの暦を刻んでいた。


 写真やメール、その他様々な記録をチェックしてみたが、どこにも彼女の存在は刻まされていなかった。

 つまり正真正銘、女は今朝突然現れた存在ということになる。


「……俺の名前を言ってみてくれ」

「?知主公人しらずきみひと、でしょ?」


 合っている。

 やばいな。そろそろ怖くなってきた。


「いやいや、まだ可能性はあるはずだ」


 単なる不審者で片付けるには余りにも振る舞いが自然すぎる。

 こんなのもう長年連れ添った夫婦系幼馴染のそれだ。

 そうであってほしいという気さえしてきた。

 見た目に関していえば俺の理想そのものなのだ。

 可愛い女の子とこういう関係を築くのは男子の夢だった。


 さて、では三つ目の可能性を上げよう。

 これは現実味がないというか、ファンタジーの領域にどっぷり浸かっているのであり得ないと選択肢から消していたのだが、ここまで来るとありそうな予感がしてきた。


 即ち『並行世界への移動』だ。

 往年のオタクには世界線の変動、とでもいえば分かりやすいか。

 俺の意識や記憶だけが並行世界の俺と入れ替わった、或いは上書きされた……そういったものだ。


 これなら諸々の現象に説明もつく。

 俺は彼女を知らないのに、彼女はさも当然のように俺の名前や住所、食器や調理器具、鍵の場所まで把握していた。


 つまり彼女にとってはそれが自然であるということだ。

 逆に不自然なのは俺の方。

 別世界からやってきた俺こそが、真に頭がおかしくなったのだと言えよう。


「ふんふふーん♪」


 この場合、第三者の反応から正解かどうか探ることができる。

 幸い、幼馴染の大介とは通学中にかち合うことが多い。

 彼と出会うことができたなら、この可能性の答えも出るはずだ。


「んお、ヨッシーじゃねーか」


 そう思っていたら都合よく現れてくれた。

 よかった。これで早々に答え合わせができる。


「……えーっと」


 大介の反応はどうか。

 俺はドキドキしながら彼の第二声を待った。

 そうしてたっぷり数秒経過したかと思うと、大介は目を白黒させながら言った。


「あの、そっちのお嬢さんはどちらさまで……?」


 ああダメだった!普通に同じ世界線だった!

 都合のいい妄想に逃げようとしていたのに、今腕を組んでる女が普通にやべー奴だという現実を突きつけられてしまった。


「あー、えっと、その」

「初めまして。公人くんの彼女の佐藤陽菜です」

「お、おお!そうでしたか、俺は公人の幼馴染で桑原大介っていいます」


 しかも彼女って言っちゃったよ。

 もう言い逃れできないじゃん。


「お、おいヨッシー!お前あんな可愛い彼女といつどこで出会ったんだ!?こんな仲良いってことは、昨日今日って話じゃねぇんだろ?」

「いや、つい今朝からの仲だよ」

「嘘つけ!」


 本当なんだよなぁ。

 俺だって普通に出会ってここまでの仲に進展していたなら、その前に大介に相談なり報告なりしていた。

 そんな隙も与えてくれないくらい速攻で彼女の座につかれてしまったのだ。


「くっ、付き合いたてのイチャイチャカップルの仲は邪魔できねぇ……!じゃあなヨッシー。桑原大介はクールに去るぜ」


 そういって大介は一人でさっさと行ってしまった。

 もっとちゃんと話がしたかったが、流石のあいつも腕組みながら登校するバカップルと一緒にはいられなかったのだろう。

 いや、俺はそんなのになったつもりは毛頭ないけどな?


「いい友達を持ったねぇ、このこの!」

「まあうん、ありがとう」


 その点に関しては同意だった。


 その後も俺たちは二人仲良く腕を組みながら電車に乗り、通学路を歩き、学校へと辿り着いた。

 周囲からの視線がとてつもなく痛かった。

 世のバカップルたちはいつもこんな視線に耐えているのだろうか。凄い。


 ……いや周りが気にならないからバカップルなのか。

 別の意味で凄いな、うん。


「じゃ、私は違うクラスだからここで」


 そうして佐藤陽菜とは一旦別れた。

 束の間の平穏に安堵する。

 多分昼休み頃には崩れる平穏だろうけど。



 さて、午後四時になった。

 学校も終わり、部活にも入っていない俺は帰宅する時間だ。

 あの後クラスメイトや大介から質問攻めにあったり、昼休みに弁当片手に乗り込んできた佐藤陽菜に周囲が騒ぎ出すなど、一悶着はあったが、なんとか無事に今日の学校生活を終えることができた。


「一緒にかーえろっ」


 そして案の定帰りも腕に抱きついてくる。

 もう普通に彼女ってことでいいんじゃないかな。


「…………」


 だが、それで済ませてはいけないことは理解していた。

 たとえ佐藤陽菜が自分を俺の彼女と思い込んだ一般異常ストーカーだという考えたくない現実が正解だったとしても、そこから目を背けて逃げ出す道だけは選べなかった。


 腹を括る。

 俺は彼女を屋上に連れ出すと、まず最初にかけるべきだった質問を投げかけることにした。


「──君は誰だ?」


 夕日が照らす屋上で、彼女と俺の視線が絡み合う。

 それは須臾の時間だったかも知れないが、俺にとっては永遠にも感じられる時の流れだった。


 そうして佐藤陽菜は穏やかな笑みを湛えると、


「……君は優しいね。ここまでずっと黙って受け入れてくれるだなんて」

「まさか。混乱していただけだよ」

「ううん。君は優しいよ」


 彼女がゆっくりと近づいてくる。

 そして抱きついてくるのを、俺は黙って受け入れた。


「……ほら。得体の知れない女のハグを、こうして受け止めてくれる」

「恐怖で固まってるだけだ」

「違うよ。だったら、こうして抱き返してなんてこないもん」


 言われて初めて気づく。

 俺の腕は、いつの間にか彼女の小さな体を抱き返していた。


「ねぇ、私が誰なのか、心当たりはないの?」

「……ごめん、今日一日考えたけどさっぱりだ」

「ううん、いいよ。だってそれが君なんだから」


 そういって佐藤陽菜は離れていく。

 正体不明の怪異の謎を暴きにきたつもりが、まるで泣きゲーのクライマックスのような雰囲気に思わず困惑してしまう。

 

「安心して。明日になったら、みんな今日のことは忘れてるから」

「俺も君のことを忘れてしまうのか?」

「うん。私は本来、ここにいちゃいけない存在だから」


 そんな、まるで人外系ヒロインみたいなことを。

 だが、ここまでくると信憑性はあった。

 仮に彼女が普通の人間だったとして、こんな大胆極まることをしでかせるだろうか。

 

 否。不可能だ。

 余程の覚悟と度胸がなければ成し得ないことだった。


「じゃあね。今日は本当に楽しかった──」


 そのまま去ろうとする佐藤陽奈。

 そんな彼女の手を、俺は掴んだ。


「なにを──っ!」


 そうして、彼女の唇を奪った。


「……最後なら、これくらいはいいだろ?」

「にゃ、にゃんで」

「さあ。もしかしたら、君に惚れたのかもしれない」


 夕日のせいか、はたまた羞恥故か。

 真っ赤に顔を染め上げた彼女は、頭から湯気を出さん勢いで混乱しまくったかと思うと、急いで屋上から去っていった。


「……雰囲気に乗せられたな」


 でも、悪い気はしなかった。

 俺は一日だけの不思議体験に名残惜しさを感じながらも、自宅への帰路につくのであった。


 


 さて、俺なりに考えてみた。

 一体彼女は何だったのだろうか。ファンタジーな要素もありにして考えてみる。

 昨夜に限らず、ここ数日の出来事を振り返ってみる。


 登校中、車に轢かれそうになった女子を間一髪助けたり。

 電車が来ているというのにふらふら線路に近づいていった女子を止めたり。

 学校の屋上から落ちそうになっていた女子を引き上げたり。

 帰り道で偶然出会った足を怪我した女子を家まで送ったり。


 ちょっとしたイベントはあったが、そんなのいつものことだ。

 特別気にするようなことじゃない。


「……もしかしたら、日課の神社参拝がきいたのかな」


 俺は夜に散歩する日課があるのだが、必ず途中で立ち寄る神社でお参りをすることにしていた。

 子供の頃からそこの神様に「理想の彼女ができますように」と祈っていたのだ。


 だとしたら、あれは神様が叶えてくれたいっときの夢だったのかもしれない。

 検索してみたら、佐藤は日本で一番多い苗字で、陽菜は俺の生まれ年の女子に一番多い名前だった。

 まるで一日だけの間だからと、雑に決めたようなネーミングだった。


 ありがとう神様。

 でも、できればもう少し素直に楽しめる方法で願いを叶えてほしかったな。

 正直かなり怖かったよ。

 そう思いながら、俺は眠りにつくのであった。


 そして翌日。


「よう、ヨッシー!昨日の彼女とは別々に登校してんのか?」


 全然忘れられてなかった。

 普通にみんな昨日のことを覚えていた。

 あれれー?おっかしいぞー?


 首を傾げながら、昨日佐藤陽菜と別れた屋上に行く。

 するとそこに彼女はいた。


「え、えーっと……なんか、今日も普通に生きてます。いえーい」


 ぎこちない笑顔でピースする彼女に対して、俺は呆れながらも右手を差し出した。


「……じゃあまずは、お友達からということで」

「……うんっ」


 しっかりと握手を交わす。

 そこに、確かな温もりを感じながら。














「えへっ❤︎」

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目が覚めたら知らない女子が当然のように家にいて彼女面してるんだけどナニコレ むべむべ @kamisama06

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