スカイブルーの君

ナナシリア

スカイブルーの君に

 空が綺麗だ。


 どうしようもない学校での日常に追われ、不安と絶望と圧迫に飲まれていた僕は、昼休みに非常階段で思わず空を見上げた。


 いつ見ても青空には開放感を感じる。


 人が空を自由に飛ぶ鳥に憧れるように、偉大な海に感動を抱くように、僕は無限に広がる青空に想いを馳せた。


 そんな開放感の中、突然現れた少女が仰向けになった僕の顔を覗いた。


「君、空が好きなんだね」


 一人の時間を邪魔されたようで少し不服な僕だが、顔には出さず答える。


「うん、開放感があるから」

「私は、空は綺麗だから好き」


 僕が空を好きな理由と彼女が空を好きな理由は違ったが、互いに空が好きだと分かり、少し彼女に共鳴感を感じた。


 彼女もそう思ったのかはわからないが、僕の横で仰向けになって空を見上げた。


「ちょっと話を聞いてほしんだ」


 名前も知らない女子生徒に、僕は何を話すつもりだろうか。


「うん、何でも言って」


 彼女は寛容だった。


 彼女の存在を少しでも不服に思ってしまった僕が恥ずかしく思える。


「僕ってこの世界に必要な存在なのかな」


 彼女へ優しい答えを期待した。


「どうかな。それは、今で会ったばっかりの私が安易に答えていいようなことじゃないと思う」


 彼女の心は、まるで今僕たちが見ている青空のように澄み切っていた。


 彼女の心に、僕が日々の生活で辟易とするような悪意やら敵意といったものは含まれていないようだった。


「私は君のこと、全然知らないから」

「じゃあ」


 僕は勇気を振り絞った。


「僕と友達になってください」


 急にこんなことを言って、受け入れられないかもしれないという不安を抱え、現代社会に戻ったような感覚になる。


「もちろん。じゃあ、自己紹介しようか」

「僕は清水優人。あんまり明るいタイプではないから、君が会話を主導してくれるとありがたい」

「私は大空明日香。清水くんよりかは明るい自信があるよ」


 出会って早々マウントを取られた。


 しかし、承認欲求と優越感に満たされた言葉というわけではなく、晴天の青空を背にした大空さんに良く似合った言葉だった。




 大空さんは、時に非常階段へとやってきて、一緒に空を眺めながら僕の話し相手になってくれた。


 多くの空模様が巡るように、僕と大空さんの日々は多様なものだった。


「清水くん、今度海に行こうよ」

「今は冬だよ、気でも狂ったの?」


 いくら清水さんとの日々が楽しいと言えども、冬に海に行く気にはなれない。


「海って開放的だし空も綺麗だから。見るだけだよ」


 それならまあ、見るだけなら。


「それで、海ってこの近くにあるの?」


 僕はこの辺りを出かける機会が少なすぎて、あまり地理に詳しくはなかった。


「うーん……まあ近いといえば近いよ。電車で十分とちょっと、自転車なら三十分くらい?」

「ちょうどいいね」


 それは、高校生の僕たちにとって近すぎず遠すぎずな、まさに最適といえるような場所に位置していた。


 しかも、海を見るだけであれば大した時間は取らないので、大空さんの貴重な時間を潰さずに済む。


「今日の放課後、空いてる?」

「僕は基本いつでも空いてるよ」




 冬の海は夏ほど輝いてはおらず、なんとなく、くすんだような色を見せていた。


 そんな海とは対照的に、海を天から見守るような空は澄み切ったスカイブルーをしていた。


 そんな空を照らす橙は、もう残りわずかとなっていた。


「綺麗だけど、寂しいね」

「大荒れの海と静かな空の対比といったところかな」


 並みの感想しか言えなかったが、その風景の幻想性は凄まじかった。


 日本人独特の感性の無常観と、全世界共通の美の概念が僕の中で騒ぎ立てる。


 でも、そこにはどこか違和感があった。


「ずっと眺めていたい」


 僕と大空さん、どちらが呟いた言葉だったのか、僕にもわからなかった。


 太陽が完全に沈み切り、僕たちの視界からオレンジが消え去って、光さえも失われた。冬の夕暮れはあまりにも早い。


「残念だけど、日も暮れてしまったから帰ろうか」

「また夏、この海を見に来よう」

「入るんじゃなくて?」

「うん、見るだけ」




 夏の海だった。


 冬はあれほどくすみ、荒れていた海も、夏となれば張り切ったのかもしれない、誰が見ても明らかな夏色に染まっていた。


 空の青さもより一層際立って、明日香に良く似合う、強い色ながらもとても明るいスカイブルーだった。


 冬には人っ子一人いなかった砂浜だが、ここは遊泳禁止だというのに制服の女子高生やらなにやらで溢れていた。


「冬に来た時とは大違いだね、優人」

「そうだね」


 明日香の目は完全にはしゃぎ切っていた。


 冬の海はいかにも幻想的、神秘的といった趣だったが、夏の海は賑やかで、僕はどちらかといえば冬の方が好きだ。


 僕は、空を背にしてはしゃぎまわる明日香を遠くから眺めた。


 すると、突然明日香がこちらに走ってくる。


「優人、本当に空が好きなんだね」

「うん。でも僕が好きなのは空だけじゃなくて――」

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スカイブルーの君 ナナシリア @nanasi20090127

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