第14話 模擬空中戦


 ラシュリとヒューゴの一騎打ちは、王都のすぐ外に広がる小麦畑の上で行われることになった。


 畑を踏み荒らさないように、二頭の飛竜と野次馬を含めた関係者は、小さな林の手前にある枯れ草の広場に集まった。

 真っ白な飛竜はラシュリの騎竜カァル。灰色の身体に薄紫色のたてがみの飛竜はヒューゴの騎竜だ。


「ラシュリ……その、大丈夫か?」

「心配するな。私は勝ち目のない賭けはしない」


 カァルに騎乗したラシュリは、どんよりした表情で声をかけてきたソーと、その後ろで青ざめているシシルに笑いかけながら、自分の腰ベルトに落下防止の革紐を装着する。

 模擬戦用に用意された穂先のない長槍をソーから受け取れば、準備は完了だ。


 少し離れた場所では、灰色の飛竜に騎乗したヒューゴがたくさんに部下に囲まれている。あちらはすでに勝ちが決まったような賑わいだ。


「隊長! 相手は女なんですから、手加減してやってくださいよ!」

「いーやっ、鼻っ柱の強い女には、力の差を見せつけた方がいいんだよ。ねぇ隊長?」


 何を言われようが今さら腹を立てるラシュリではないが、賑やかな部下たちの声でヒューゴの答えが聞こえなかったのは、少しだけ残念だった。


 すでに、日は傾き始めている。

 余計な言葉を交わす暇も惜しんで、二頭の飛竜は合図と同時に空へと舞い上がった。


「ギルド一の騎竜術を誇るアティカス隊長と、神殿の美人巫戦士の戦いだ! こんな対決はなかなか見られないぞ!」

「まったくだ!」


 ヒューゴの部下たちは楽しげに空を仰いでいる。

 一方、そんな余裕のないソーとシシルは、無言のまま空を見上げている。

 特にソーは落ち着かない心を持て余し、拳が白くなるまで強く握りしめている。相手の力を見もせず「負けない」と言い切るラシュリが信じられないのだ。


(ほんとに、大丈夫なのか?)


 白い飛竜と灰色の飛竜は、間合いを測っているのか、それとも相手の力量を探っているのか、ゆったりと円を描くように小麦畑の上空を飛んでいる。


「おーい! 日が暮れる前に決着つけてくださいよ~!」


 ヒューゴの部下が空に向かって大声を上げ、周りにいる男たちがゲラゲラと下品な笑い声を上げた時だった。

 飛竜の背に乗ったラシュリが、いきなり鞍上に立ち上がった。


「うわっ、あいつ何やってんだ! 危ねぇじゃねぇか!」


 ラシュリは手綱も持たず、からになった両手で穂先のない長槍を握っている。

 鞍に細工でもしてあるのだろうか。確かに落下防止用の革紐を着けているのは見たが、それだけでは、とてもじゃないが上空の風に揺らがずに立っていることは難しい。


 食い入るように空を見つめるソーとシシルの近くで、ヒューゴの部下たちも騒めきはじめた。


 円を描くように飛ぶ白い飛竜。その背の上に立つラシュリは、まるで揺るがず、飛竜と一体になっているように見えた。唯一、高い位置で結われた彼女の白金の髪だけが後ろへなびいている。


「何なんだよあの女!」

「いや、待てよ……そういえば、神殿の巫戦士は手綱を使わずに飛竜を乗りこなすって、イリス支部のヤツから聞いた事がある。あの時は冗談だとばかり……」


 数多い竜導師ギルドの飛竜乗りテューレアの中でも、ここに居るのは黒竜討伐部隊に抜擢された優秀な男達だ。空を駆ける飛竜の背に立ちながらバランスを保つことがどれだけ難しいかくらい、容易く想像できる。


(ラシュリ……)


 ソーは唇を噛みしめて、ラシュリを見つめ続けた。



 一方、上空でラシュリと対峙しているヒューゴもまた、動揺を隠せないでいた。


(これは……)


 上空の大気と飛竜の背で受ける風。早く飛べば飛ぶほど、騎手にかかる風圧は強く大きくなる。なのに、白い飛竜の背に乗った巫戦士の身体は揺るがない。

 ついさっきまでラシュリのことを侮っていたヒューゴは、自分を殴ってやりたい衝動に駆られた。


(今ならまだ、不意を突けるはずだ)


 ヒューゴは手にした長槍をグッと握りしめ、攻撃される前に自分から打って出ることにした。

 風向きを読み、手綱と足を巧みに使って飛竜に合図を送る。飛ぶ速度や方向を、わずかな狂いもなく飛竜に伝える。これが竜導師ギルドの操竜術だ。

 一方、飛竜の背に立つラシュリは飛竜を操るすべをすべて放棄している。


(なのに……あの安定感は、いったい何なんだ?)


 ヒューゴは今まで、自分よりも優れた飛竜乗りテューレアを見たことがなかった。


「くそっ! 行くぞウィスティ!」


 相棒に声をかけ、今まで描いていたまるい軌道から飛び出してゆく。

 白い飛竜の横腹目掛けて突進し、ぶつかる前にかわして腹の下をすり抜ける。

 狙いはただ一つ。優雅に立ち乗りする生意気な巫戦士のバランスを崩すこと、だったのだが────。


 至近距離まで肉薄しても、巫戦士は顔色一つ変えなかった。

 それどころか、彼女の騎竜の下腹をかすめるようにしてすれ違おうとした時、いきなり白い飛竜の後ろ脚がヒューゴに襲い掛かった。


 とっさに首を縮めながら軌道を下方修正して逃れたが、ホッと息をついた時には、いつの間に方向転換したのか、巫戦士の長槍がヒューゴの喉仏に押し当てられていた。


「俺の……負けだ」


 潔く負けを認めると、白金の髪を揺らしながら巫戦士がニコリと笑った。


「では、約束通り同行させてもらいます」

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