第13話 ヒューゴ・アティカス隊長


 国は変われど、竜導師ギルドが男社会であるという現実は変わらない。

 女性はか弱く守るべきものであり、男よりも劣る存在だという差別意識は、この国でもごくごく自然な事として息づいている。


 ギルドの食堂で昼食をとっていた時も、ソーがアティカス隊長行きつけの酒場を聞き回っていた時も、ラシュリはたくさんの男たちから不躾な視線を浴びることとなった。


「────二人はギルドの宿泊所に泊まるのだろう? 私は町に宿を取るよ」

「それなら、俺たちも宿に泊まるよ。なぁシシル?」

「うん! ギルド長が持たせてくれたお金はまだ十分あるから大丈夫!」


 竜導師ギルドの本部では、ソーとシシルも興味本位でラシュリを見に行ったクチだ。そういう意味では、二人にレラン支部の男たちを責める資格はない────のだが、こうしてラシュリと同じ側に立ってみると、彼らの視線がどれほど不快かよくわかる。


(ラシュリのやつ、よく我慢してたよな)


 これから行く酒場では、もっと不躾で不快な視線を浴びることになるだろう。

 ソーとシシルは心の中で、ラシュリの盾となることを誓ったのだった。



 アティカス隊長行きつけの酒場は、まだ昼間だというのに飛竜乗りテューレアと思しき男たちで賑わっていた。


 ラシュリたちが酒場の扉をくぐると、その男たちが一斉に振り返った。

 おそらく、支部長から連絡が来ていたのだろう。振り返った男たちはラシュリの姿を認めると、ザーッと波が引くように左右に分かれた。

 目の前に開かれた道の先には円卓があり、男がひとり酒を飲んでいた。

 誰がアティカス隊長なのかは一目瞭然だった。


「行こう」


 ラシュリは先頭に立って歩き出した。

 円卓で酒を飲んでいる男は、二十代後半から三十代前半くらいだろうか。支部長の話ぶりから無頼漢のような男を想像していたが、彼はそういうタイプの男ではなかった。


 明るい茶色の髪は短く刈られ、無精ひげもない。さすがに紺色の隊服は襟を緩めていたが、至って清潔そうな身なりをしている。筋肉質の体は飛竜乗りテューレアらしく、無駄なものを極限までそぎ落としたように細く、厳格さを凝縮した顔は精悍で、酒を飲んでいるのに浮ついた様子は一切ない。


「あなたが、竜導師ギルドのヒューゴ・アティカス隊長殿ですか?」


 ラシュリの問いかけに、男はゆっくりと顔を上げた。


「そうだが?」


「私は、イリスの神殿〈飛竜テュールの塔〉の巫戦士、ラシュリといいます。この二人は────」


「俺はソー。竜導師ギルドの飛竜乗りテューレアだ。俺たちは本部のギルド長の命令でラシュリに協力してる」


「ぼ、僕は訓練生のシシルです。よ、よろしくお願いします!」


 それぞれが自己紹介をしても、ヒューゴは眉一つ動かさず、冷めた目でラシュリを見上げている。


「支部長は許可したらしいが、国境への同行は断る」


「何故です? 私たちが黒竜討伐部隊の足を引っ張ると思っているのなら、その心配はいりません。私は国境の状況を知り、ジュビア王国の様子を少しでも探りたいと思っているのです。それに、万が一想定外の敵が現れた場合には、私が囮になります。それならば、あなた方の迷惑にはならないはずです!」


 取り付く島もなく断られて、カチンときたラシュリは懸命に言い募ったが、ヒューゴの答えは変わらなかった。


「国境の町は混乱している。女子供を連れては行けん。特に女はダメだ。風紀が乱れる」


「は? ならば、この二人だけなら連れて行ってもらえるのですか?」


 ラシュリがそう言った途端、ヒューゴに眇めた目を向けられて、ソーとシシルがゴクリと唾を飲み込んだ。


(威圧感が半端ないな)


 暴力的な感じは一切ない。なのに、この場を制圧しているのは間違いなく彼の覇気だ。

 表情は乏しく、言葉も少ない。なのに、威圧感だけはある上司なんて嫌われそうなものだが、出発前夜にこうして酒場に集まるくらいだ。それなりに慕われているのだろう。


「────部隊の後ろを飛ぶのなら、許可しよう」


「では、私は別ルートで国境へ向かいます」

「そんなっ!」


 ソーが不満の声を上げた。


「ラシュリが別行動するなら俺たちも────」

「────女に許可を出した覚えはない。国境の町は封鎖だ」


 ソーの言葉に遮るように、ヒューゴの声が重なった。


「は?」


 ラシュリの頬が、ピクリと動いた。


「……私がひとりで国境へ向かうのも駄目だと?」


「言ったはずだ。国境の町は封鎖する。住民を避難させるのに、旅人を入れる訳にはいかん」


(こいつっ……頭ガチガチの頑固野郎か!)


 表情の乏しい顔で平然と言われれば、さずがのラシュリも怒りを覚える。とは言え、ここで怒りをぶつけては通るものも通らなくなる。


「私はこれでも、神殿の命で動いている巫戦士です。一介の旅人と一緒にしないで下さい」


「悪いが、巫戦士とやらの実力を知らないのでな」


 ヒューゴの答えは素っ気なかった。

 支部長のようにあからさまに侮蔑の表情を浮かべたりはしない。そこは評価できるところではあるが────冷静さを保つため、ラシュリはぎゅっと拳を握りしめた。


「……では、私と手合わせしませんか?」

「手合わせ?」


 ヒューゴがわずかに顔をしかめた。


「はい。飛竜テュール飛竜テュールの空中戦です」

「馬鹿な。俺は女とは戦わない」

「なるほど。女に負けるのが怖いのですね?」

「は?」


「ああそうだ。ここへ来て何杯飲みましたか? 公平を期すために、あなたが飲んだ分だけ私も飲みましょう」

「これくらい飲んだ内に入らん!」


 初めて感情を露わにしたヒューゴに、周りを囲んでいた部下たちが騒めきだした。


「私はどちらでも構いませんが……せっかく手合わせするのだから賭けをしましょう。私が勝ったら、国境への同行を許可してください」


「クソッ……良いだろう。その代わり怪我をしても、飛竜を失っても責任は取らないからな!」


「もちろんです」


 ラシュリはにっこり笑って踵を返した。


「さて、この辺りで空中戦が出来るような場所はありますか?」



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