第二章 男と女
第12話 レラン王国の竜導師ギルド
空から見る限り、レラン王国の王都は穏やかだ。
丘の上に聳え立つ四角い王城と、それをぐるりと囲む商業地区。
武骨な石造りの都はなだらかな農地に囲まれ、しかもその農地は、冬だというのに淡い緑色に覆われている。
穀倉地帯で有名なレラン平野だ。淡い緑は春小麦の芽なのだろう。
一昨日の夜まで、ラシュリ、ソー、シシルの三人は、モラード王国の北部にいて、夜が明け次第、ラン川を渡って北のイリス王国へ入るつもりだった。
しかし、ラシュリが追っていた〈炎の竜目石〉が東のジュビア王国にあるとわかり、急遽、目的地をジュビアの南に位置するレラン王国へと変更した。
レラン王国に向かったのは、もはや三人だけで〈炎の竜目石〉を追うのは無理であると判断した為だ。
黒竜やジュビア王国の脅威に晒されているレラン王国は、言わば最前線。
竜導師ギルドだけでなく、レラン王国軍をも巻き込むならば、ラシュリたちが目指す場所は竜導師ギルドのレラン支部以外にはなかった。
そう心を定め、東へ向かって二日目。
ラシュリたちは今、青く澄み渡ったレラン王国の王都上空を飛んでいた。
商業地区の外れにある大きな石造りの建物。その屋上には、黄色い生地に深緑色の飛竜が描かれた竜導師ギルドの旗が風にはためいている。
何度かレラン支部に来たことのあるソーの
「────本部のギルド長から連絡はもらっていたが、まさか本当に来るとはな」
豪華な調度品が並んだ執務室で、壮年のレラン支部長が四角い顔を歪めて苦々しく笑う。
おそらく歓迎されてはいないのだろう。ラシュリたち三人は椅子を勧められることもなく、支部長の執務机の前に立たされたままだ。
ひとりだけ豪華な椅子に身を沈めたまま、支部長は新人
「我ら竜導師ギルド・レラン支部は、王国からの要請で飛竜部隊を整えているところだ。ジュビア王国との国境を守る警備隊と合流し、黒竜討伐の任に当たる特別部隊だ。申し訳ないが、今は君たちに手を貸している余裕はない」
「マジっすか? やっぱ国境がヤバいことになってるって噂は本当だったんスね! そうだ! 俺たちもその討伐部隊に入れてもらえませんか?」
支部長の言葉をまるっと棚上げして、ソーが発言する。
当然ながら、支部長は顔をしかめた。
「君は、私の言葉を聞いていなかったのかね?」
「え? もちろん聞いてましたよ! でも、俺たちが討伐軍に入れば、ギルドや支部長の手を煩わせることも無くなりますよね?」
「は? おまえら舐めてんのか? これは遊びではない。すべての王国民と隊員の命がかかってるんだぞ! おまえらみたいなお荷物を連れて行ったら助かるものも助からないだろうがっ!」
今までの丁寧な口調はどこへ飛んで行ってしまったのか、支部長は激昂してドンと机を叩いた。
(女子供は引っ込んでろ、って訳か)
ラシュリは腕を組み、冷ややかな目で支部長を観察した。
「えー、どうして俺たちがお荷物だって決めつけるんスか?」
「はぁ? 一年目の新米と訓練生が、お荷物以外の何だって言うんだ?」
「じゃあ、百歩譲ってお荷物だったとしますよ。要は、俺たちが討伐軍の邪魔になんなきゃいいんスよね? なら、俺たちは黒竜討伐には参加しないで、国境の町で情報を集めるよ。それなら────」
「ソー! 私の言葉に逆らうということは、竜導師ギルドの規律を破ることだとわからないのか? おまえの飛竜乗りとしての経歴に傷がつくことになるんだぞ。よく考えてみろ。この先ギルドで仕事が出来なくなっても良いのか? シシルもだ!」
脅しとも取れる支部長の言葉を聞いても、ソーの勢いは止まらなかった。
「将来とか経歴とか、自分のことを心配してる場合じゃないんだよ!」
「そうです! 黒竜よりも恐ろしい力を持つ
初めて口を開いたシシルに、支部長は呆れたように眉尻を下げた。
「はっ、そこまで言うなら訊くが、〈炎の竜目石〉とやらで呼び出せるのはどんな
「そ、それは……」
ソーとシシルが口ごもったのは当然だ。
ラシュリでさえ、〈炎の竜目石〉がどんな飛竜を呼び出すのか具体的な話は聞かされていない。彼らはただ、ラシュリが明かした少ない情報から、迫りくる危険を予想したに過ぎない。
「何だ、答えられないのか?」
はぁ~と、支部長は大げさにため息をついた。
「我々竜導師ギルドは、
まるで子供を諭すような言い方をする支部長と、悔しそうに俯くソーとシシル。特にソーは、顔を真っ赤にして憤っている。これ以上長引けば、彼の怒りが爆発しかねない。
ラシュリは軽く手を上げた。
「ひとつ、提案しても良いだろうか?」
「何かね? 巫女殿」
支部長はチラリと目の端でラシュリを見た。その瞳にはあからさまな侮蔑の光があった。
「私は巫女ではない。神殿に仕える巫戦士だ。が、それはどうでも良い。支部長殿の仰る通り、神殿の言い伝えにはあなたの望むような証拠は無い。だが、ジュビア王国は〈炎の竜目石〉を神殿から盗み出してまで手に入れようとした。その事実を、私は恐ろしく思う。
ここにいるソーとシシルも、予想外の危険から祖国を守りたいという思いから私に同行してくれている」
「それで? 提案とは何だね?」
「先ほどソーが提案した通り、私たちは黒竜討伐部隊には参加しないと約束する。その代わり、国境の町へ入る許可が欲しい。万が一、想定外の敵が現れた場合には、私が囮になる。その間に、討伐軍は黒竜の対応と住民避難に人手を割けばいい。ソーとシシルも、ギルドの一員として住民避難を手伝うくらいなら問題はないでしょう?」
「そんなっ! ラシュリ一人で戦うなんて俺は反対だ!」
「大丈夫だ。私たちの懸念は、神殿のお伽噺である可能性もあるのだからな。そうですよね支部長殿?」
「まぁ、それならば、レラン支部長として許可を出すこともやぶさかではないのだが……黒竜討伐の任に当たる特別部隊は、ギルドの
要するに、部隊長の許可を取れという事らしい。
「なるほど。そのアティカス隊長に会うことは出来ますか?」
「討伐部隊は明日の朝出発する。準備が整った者から明日の朝まで休息を与えたが……もしかしたら、夜を待たずに酒場にたむろしているかも知れないな」
「わかりました。探してみます」
支部長に一礼するなり、ラシュリは踵を返した。
すたすたと部屋を出て行く彼女を見て、ソーとシシルも慌てて執務室から退室した。
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