第11話 揺るぎない意志



「助かったよ。ありがとう、ソー」


 未だイェグレムの消えた闇を睨んでいるソーに、ラシュリは努めて冷静に声をかけた。


 正直に言えば、イェグレムとの再会や彼が発した言葉の数々に動揺していたし、気を抜いたら膝から崩れ落ちそうなほど足はガクガクしている。

 それでも、年下のソーやシシルの前では毅然としていたい────そう思っていたのに、ソーの背中を見てホッとしたせいか、足元がグラリとふらついた。


 咄嗟にソーの背中に手をついて、そのままコトンと頭を預けてしまう。

 男嫌いの自分が自ら男に手を触れるなど、今までだったら思いもつかなかっただろう。それでも、今だけは支えてくれるものが欲しかった。


(他人にすがらねばならないほど、心が弱るなんて……)


 イェグレムの言葉はそれほど衝撃的だったのだと、ラシュリは改めて思い知った。

 触れ合った手のひらと額から、ソーの体温がじんわりと伝わってくる。自分から触れたからなのか、ラシュリの体に鳥肌は立っていない。


「ふふっ……」


 何だか可笑しくなって笑うと、ソーが体をひねってラシュリを見下ろした。


「大丈夫? 俺に触ってさぶいぼ出たんじゃない? もしかして具合悪いんなら、俺がお姫様抱っこで部屋まで連れてってやろうか?」


「いや、それは遠慮しておくよ」


 ソーの軽口に、ついさっきまで固く強張っていた口元が緩んでくる。


「本当に……おまえがいてくれて助かった」


 ラシュリは体を起こしてソーを見上げた。

 食堂の窓から洩れるわずかな灯りに、ソーの金髪が煌めいている。屈託のない笑顔と相まって、ソーの存在が、まるで降り注ぐ陽光のように有難く思えてくる。


「ラシュリ、やっと俺の魅力に気づいたんだな! 俺ほど役に立つ男はそうはいないだろ?」


 自画自賛しながらニマニマ笑う顔も、今ならば許せてしまう。


「ソー、話がある。食事が済んでからで良いから、シシルを連れて私の部屋に来てくれ」



 〇〇



 一刻30分ほど後に、ソーとシシルがやって来た。

 ラシュリの部屋はとても狭い一人部屋だが、ソーたちが泊っているのは大部屋なので密談はできない。申し訳ないが二人には寝台に座ってもらい、ラシュリは木の椅子に腰を下ろした。


「────さっきの男はイェグレムといって、私と同じ孤児院で育った幼馴染だ。あいつがいつ孤児院を出たのか、その後何をしていたのかはわからない。だがあいつは、〈炎の竜目石〉を盗んだのは自分だと言った。そして、ジュビア王に仕えていると言ったんだ。

 恐らく〈炎の竜目石〉は、既にジュビア王国の黒魔道師の手に渡っているだろう。最早、私たちだけの力では取り戻せない可能性の方が高い……」


 寝台に並んで座る若者二人を、ラシュリは静かに見つめた。

 情けないが、これからどうすれば良いのかわからない。〈炎の竜目石〉に近づくだけなら、イェグレムの誘いに乗るという手があるにはあるが────石の奪回どころか命も危うい。

 そんな悪手に若い彼らを巻き込む訳にはいかない。何よりもラシュリ自身が、イェグレムの存在を恐れているというのに。


「それは、諦めるってことか?」


 ソーは納得がいかないらしく、ムスッとしている。


「他に手が無いんだ。一応、神殿や竜導師ギルドには相談してみるつもりだが、たぶん答えは同じだろう」


「俺たちに、ここから帰れって言うのか? アンタはどうすんだよ? 神殿に帰るのか?」


「いや……私は、黒竜が出るという国境まで行くつもりだ」


「なら俺たちも一緒に行くよ。なぁ、シシル?」


「え、うん。それはもちろん、ついて行くけどさ……あの、ラシュリさん? 僕たち、何も知らないでここまで来ちゃったけど、〈炎の竜目石〉ってどんな飛竜テュールを呼ぶ石なんですか?」


 ラシュリを見つめる、真面目でひたむきな瞳。シシルからそんな瞳を向けられてしまったら、とても嘘をつくことなど出来ない。


「実を言うと、私もよくわからない。ただ、神殿の巫女長さまが言うには、あの石で呼び出せるのはとても危険な力をもつ飛竜テュールだそうだ。人が契約を結ぶ事など出来ないものだから、神殿に安置していたと言っていた」


「それじゃ……ジュビア王国の黒魔道師はそれを知っていて、イェグレムに石を盗ませたってことですか? もしそうなら、このまま放置したら、よけいマズいんじゃないですか? 黒い飛竜テュールだけでも住民に被害が出てるのに、もっとすごい飛竜テュールが現れたりしたら、国境に近い町の人たちは……ううん、国境を接してる国だけじゃない、この大陸が丸ごと被害にあう恐れがあるんじゃないですか?」


「……それは……」


「僕らだけじゃ、何も出来ないのはわかります。でも、だからって、このまま諦めちゃいけないと思うんだ!」


 シシルのことを、ずっとか弱い少年だと思っていた。知識は豊富だが、荒事が始まれば一番に逃げ出すだろうと思い込んでいた。その彼が、まさかこんな気概を見せるとは────。


「シシルは……このまま〈炎の竜目石〉を追った方が良いと思うのか?」

「うん」


 重々しく頷くシシルの横で、ソーがしゅぱっと手を上げた。


「俺もシシルの意見に賛成!」


 その軽い口調に、ラシュリは眩暈がしそうになる。


「おまえたち、それがどんなに危険な事か、わかっているのか?」


「わかってるよ。だからさ、まずはレラン王国にある竜導師ギルドの支部と、黒竜に対抗しているレラン王国軍を巻き込むのが良いんじゃない? 言っとくけど、アンタが一人であいつの所に行くなんて計画は、絶対に許可しないからな」


「は?」


 いったい誰が誰に許可を求める前提なんだ、とツッコミたかったが、ラシュリはその言葉を飲み込んだ。


「ここから先は、命の保証はない。それでも行くか?」

「もちろんだ!」

「行くよ!」


 ソーとシシルの答えは簡潔だった。

 揺るぎない意志が煌めく彼らの瞳を見てしまったら、これ以上の言葉は不要だとしか思えなかった。

 ラシュリは唇を真一文字に引き結んだ。


「わかった。ならば明日、ここから一番近い竜導師ギルドの支部へ向かう。案内してくれ」

「おうよ!」


 ソーが胸を張り、シシルが重々しく頷く。

 たった三人で何が出来るのか。そんな問いかけはもはや必要ない。

 各々が出来る限りのことをする。

 結果が出れば良し。出なければそこまでだ。

 ラシュリはそう、腹をくくった。




                  第一章 了

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