第15話 空の旅


 翌朝。

 薄青い早朝の空に向かって、竜導師ギルド・レラン支部の屋上から〈黒竜討伐部隊〉の飛竜が次々と飛び立って行った。


 隊列を組む飛竜部隊の最後尾には、もちろんラシュリたち三人の飛竜も続いている。空中戦の賭けに勝ったことで同行を許されたのだ。

 人徳なのか、潔く負けを認めたアティカス隊長に不平を言う隊員は一人もいなかった。


「マジ、最高っ!」


 ラシュリが賭けに勝ってから、ソーはご機嫌だ。

 得意げな顔で隊員たちの間を歩いたり、今もふわふわと隊列を無視して自由に飛んでいる。最後尾だからまだ良いが、限度を超えれば隊員たちの怒りを買うだろう。


「ソー、ちょっと良いか?」

「なぁに、ラシュリ?」


 上昇したり下降したりしていたソーが、嬉しそうにラシュリの隣に飛竜を寄せて来る。

 陽光を受けて輝く金髪と同じくらい、彼の笑顔はキラキラと輝いている。


(あぁ~)


 ラシュリは空を見上げて大きく息を吐いた。

 出来れば空気を読んで欲しいところだが、こういう顔をしている時のソーには何を言っても無駄だ。付き合いは短いが、それくらいは何となくわかる。

 ここで大人しく飛べと説教するより、何か話をして隣に居させる方が現実的だろう。そう判断したラシュリは、話題をひねり出した。


「その、ソーは……アティカス隊長をどう思う?」

「ええー、何でアイツのことなんか聞くのさ?」


 ソーはあからさまにがっかりした表情を浮かべた。


「どんな人物なのか気になって……ソーはギルドの飛竜乗りテューレアをたくさん知っているでしょ?」


「そりゃまぁ、そうだけどさ」


 ブチブチと文句を言いながらも、ソーは考え込んでいる。


(よしよし。これでしばらくは大人しくなるな)


 ラシュリは心の中でほくそ笑んだ。

 実際、アティカス隊長の人となりについては気になっていたし、ソーの考えを聞いてみたいと思っていたのは本当だ。


 今まで旅をする間にも、ソーとシシルから竜導師ギルドの話は聞いていた。

 彼らの話を聞く限りでは、竜導師ギルドの飛竜乗りテューレアは基本、一匹狼だ。

 小さな依頼が多いし、依頼内容が荒事ばかりじゃないことが主な理由らしいが、今回のような大掛かりな討伐の依頼があった場合にだけ、ギルド上層部が部隊を編成するらしい。


 編成した部隊の隊長を決めるのもギルドの上層部で、それぞれの経歴や得意分野、人をまとめる能力の有無などを考慮した上で、総合的に判断されるという。


(アティカス隊長は……人をまとめる能力は無さそうなのにな)


 ラシュリが知る限り、彼は必要最低限の言葉しか発していない。部下に命令を下したり、士気を鼓舞したりという場面は一度もない。なのに、一癖も二癖もあるようなギルドの飛竜乗り達に一目置かれているのだ。


(個人技で尊敬を集めるタイプか……それとも、優秀な副官がいるのかな?)


 ラシュリは、チラリと前方へ目を向けた。

 先頭を飛ぶヒューゴの斜め後ろにピタリとついている、枯れ草色の髪の男。彼がヒューゴの命令を部下たちに伝えている場面を何度か見かけた。きっと彼が副隊長なのだろう。

 そんな事を考えていると、ソーがようやく口を開いた。


「────俺、あいつ嫌い」

「へぇ、どんなところが?」

「ラシュリを馬鹿にした」

「ま、まぁね。でも、負けは潔く負けを認めたじゃない?」

「それはそうだけど……ラシュリを見る目が気に喰わない」

「ソー……私はもっと、具体的な話が聞きたかったんだけど?」


 ラシュリは呆れたようにそう返したが、ソーは口を尖らせてブチブチと呟くだけだ。


「まぁ、彼のことは、国境の町に着けばわかるか」


 ラシュリは肩をすくめてソーとの会話を打ち切った。



 早朝に王都を立った討伐部隊は、ひたすら北に向かって飛び、夕刻には東ラン川を越えた先にある宿場町に到着した。短い休憩を二回挟んだだけの強行軍だった。


「まともな宿に泊まれるのは今夜で最後だ。皆、ちゃんと休息するように」


 町の外の竜舎に飛竜を預けたところで、ヒューゴが皆を見回してそう言った。

 ラシュリはいつものように飛竜カァルを空へ解き放ち、鞍だけを竜舎に預けた。荷物の入った革袋を肩に背負って歩き出したところへ、後ろから声をかけられた。


「巫戦士殿。少し……話が出来るだろうか?」


 ヒューゴだった。相変わらず感情の読めない無表情だ。


「もちろん。どんなお話でしょうか? ソー! シシル!」


 先を歩くソーたちを引き留めようとしたラシュリを、ヒューゴが手を上げて止めた。


「いや、彼らは会議に出る必要はない」

「会議?」

「軍議のようなものだと思ってくれ。改めて、あなたの話を聞きたい」

「わかりました」


 無表情なヒューゴを見上げ、ラシュリは小さくため息をついた。

 圧倒的に言葉が足らない男だが、話をする気になっただけでも良しとするべきだろう。

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