第7話 ソーという男

 ※この大陸の説明がわかりにくかったら地図見てください💦

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 行商人一家が部屋に戻って行った後、ソーは食器をテーブルの隅によけて地図を広げた。


「あのおっさん達は、陸竜ムースの荷車で東のレラン王国を回ってたみたいだ。

 そんで、レラン王国のちょうど真ん中、この王都を過ぎたあたりで不穏な噂を聞いたんだ。結局おっさん達は東ラン川を渡るのを諦めて、そのずっと手前でラン川を渡ってモラード王国に入ったらしい」


「子供連れじゃあ無理ないよね」


 地図の上を滑るソーの指を見ながらシシルがつぶやく。

 ラシュリは二人の会話を聞きながら地図を睨んだ。


 イリス王国とモラード王国の国境を西から東に向かって流れるラン川は、東のレラン王国の国土に突き当たった所で二つに分かれる。南へ折れて流れ下るラン川と、そのまま真っ直ぐ東へ流れる東ラン川だ。

 行商人の話から察するに、東ラン川を超えて北上するのは危険らしい。


「確かに……私がジュビア王国の王なら、やはり東ラン川を国境にしたいと思うだろうな」


 ラシュリがポツリとつぶやくと、ソーとシシルが顔を上げた。

 二人とも変な顔でラシュリを見ているが、そんなことはどうでも良かった。

 ギルド長の執務室で地図を眺めた時は、本当に戦が起こるとはとても思えなかったが、今は怖いくらい現実味を帯びている。


「山や川みたいにわかりやすい国境はまだ良いが、平地の国境ははっきりと目に見えない。野心のある者からすれば、簡単にと思ってしまう……そう言う意味で言えば、レラン王国北部、東ラン川から北の土地と、我がイリス王国はとても危うい」


「ラシュリさん……」


 気遣うように声をかけてくれたシシルに無理やり微笑んでから、ラシュリはソーに視線を移した。


「ソー。おまえはこのまま北上してモラード王国上空を飛ぶと言っていたが、ラン川を渡ってレラン王国に入った方が良いんじゃないか?」


 心がくままにそう提案すると、ソーは肩をすくめた。


「まぁ……気持ちはわかるけどさ。俺たちだけで戦を防げる訳じゃないだろ? アンタの目的は、あくまでも盗まれた竜目石を探すことだ。安全性を重視するなら、勝手知ったるモラード王国を通ってイリス王国に渡った方が良いと、俺は思うよ」


 ソーの冷静な言葉に、ラシュリは頭を殴られたような衝撃を受けた。


「そう……だな」


 まだ始まってもいない戦をどうやって防ぐのか。その手立てすらわかっていない。


「私は……ほんの、ついさっきまで、神殿の竜目石を盗んだのは、金目当ての盗人だと信じて疑わなかった。狂竜だの黒魔道だのっていうギルド長の話も、正直信じていなかった。でも、あの行商人の話を聞いたら、急に戦の話が現実味を帯びて……」


「ギルド長の話を信じる気になったって訳か?」


「そうだ。情けないが、私はこの竜目石探しも、ちょっとした息抜き旅のつもりでいた」


「あー、まぁ、神殿って息つまりそうだもんな。俺はべつに、アンタがそう思ってたとしても仕方ないと思うよ。それより肝心なのは、これからどう動くかってことだろ?」


「……そうだな」


 ソーの言葉はムカつくけれど、正論だ。

 経験値に、年齢は関係ない。自分よりも年下だろうが、世の中を知り冷静に判断する力を持っている者の言葉には価値がある。

 知らぬ間に見下していた自分が愚かだったのだと、ラシュリは反省した。


「ソーの言う通り、モラード王国からイリスへ入ろう」

「うぃーっス」


 いつの間に注文したのか、ソーは酒瓶を抱えてニンマリしていた。


「部屋に戻る前に乾杯しないか? 俺たち三人の出会いと、ラシュリの探し物が見つかることを願って……ほらほら、二人ともさかずきを持って! かんぱーい!」


 ソーが飲みたかっただけのような気もしたが、ラシュリとシシルは言われるままに陶器の酒杯を手に持ち、酒がこぼれるほど打ち付け合ってから酒をあおった。


(酒場で騒ぐ者など気が知れないと思っていたが、これは確かに、気分が高揚するな)


「これから行くモラード王国は、ここと違って、そりゃぁ緑のきれいな土地なんだ。なかでも────」


 ソーは生まれ故郷の自慢をしながら、手酌で酒を飲んでいる。


「そう言えば、ソーはモラード生まれの孤児だったと言ってたな。竜導師ギルドにはどうやって入ったんだ?」


 この大陸で飛竜を所有できるのは、王侯貴族と裕福な商人くらいだ。一般庶民には憧れの対象でしかない。当然、竜導師ギルドの訓練生になるにも、それなりに金が要る。孤児がどんなに働いても稼げる額ではないはずだ。


「あっ、俺のことが知りたくなってきた?」


 ソーが嬉しそうにふにゃりとニヤケる。


「これぞ運命の出会い! 俺とギルド長の出会いがもたらした、語るも涙、聞くも涙の物語!」


 大げさな文句を口にするソーの隣では、酔っぱらいの大言壮語が始まったとばかりにシシルが頭を抱えている。


「涙なんかちっとも出ませんよ。ソーはね、たまたまモラード王国に来ていたギルド長の懐から、巾着をったんですよ。その巾着の中にリュザールの竜目石が入ってたらしくて、ものすごく派手に共鳴したんですって!」


「リュザールって、ソーの飛竜テュールか?」

「それこそが運命じゃねぇか! 俺とリュザールが引き合ってた証拠なんだよ!」


 半分酔っぱらいと化したソーが、シシルに突っかかっている。


「共鳴……か」


 人と飛竜の相性が良いと、竜目石に触れたり同じ空間に居合わせただけで光が弾けることがある。なかなか見られるものではないから、ソーが運命だと騒ぐのもあながち間違いではない。


「それで? ギルド長に訓練生になれと言われたのか?」


「あっ、そうそう。シシルの言う通り、俺は町で盗みをして生きてたわけだけど、そこにギルド長が現れて、衣食住を保証した上に飛竜にも乗せてくれるって言うから、一も二もなく飛びついたってわけ。これを運命と言わずして何と言おうか! 

なっ、アンタもそう思うだろ?」


 ソーの屈託のない笑顔を見てしまうと、反論も出来なくなる。彼には妙に人を惹きつける引力のようなものがあるのだ。


「ああ……そうかも知れないな」


 ラシュリが思わず笑みを浮かべると、ソーが嬉しそうにラシュリの右手を掴んだ。

 当然、ラシュリの腕にはブワッと鳥肌が立ったのだが、ソーは気にせず彼女の手を上下に振り回している。


「な、そうだよな! やっぱ運命だよな!」

「ソー! 手を放せ!」

「シシルはいっつも俺を馬鹿にするけど、アンタがそう思ってくれるんなら間違いないよ!」

「ソーっ! いい加減にしろっ!」

「何たってアンタは〈飛竜の塔〉の巫戦士だもんな!」


 自分の世界に入り込んでいるのか、ラシュリが何を言ってもソーには聞こえない。

 いや、もしかしたら、聞こえないフリをしているのかも知れない。

 ラシュリの我慢は限界に達した。


「こんのっ、クソガキが!」


 バチコーン!


 ソーの右頬に、ラシュリ渾身のビンタがさく裂した。

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