第6話 砂漠の町の宿
「なぜこの町に泊まるんだ? 今日中に国境を超えられるだろう?」
砂漠に囲まれた大きな町を前にして、ラシュリはソーを睨みつけた。
空は明るく、まだまだ飛べそうだ。それなのに、あと少しでモラード王国に入れるという所まで来て、ソーが勝手に地上に降りてしまったのだ。
仕方なく地上に降りて問いただすと、ソーは悪びれる様子もなく、顔の前でヒラヒラと手を振る。
「あぁそれ、ムリだから。国境の検問は早くに閉まっちまうんだ。待ちきれなくて無断で国境を超えたりすると、モラード王国の国境守備隊が追って来るよ」
「……えっ?」
ラシュリはポカンと口を開けた。
北のイリス王国からベルテ共和国に来るまで、彼女は二つの国境を飛び越えたが、一度も検問を通った覚えがない。
目を泳がせるラシュリを見て、ソーがキラリと瞳を輝かせた。
「ま、さ、か、密入国したんスかぁ?」
最初は嬉しそうだったソーの笑顔が、だんだんと意地の悪いニマニマ笑いになってくる。ラシュリの弱みをまた一つ見つけたと言わんばかりの顔だ。
(なぜ私が、こんなひよっ子に
ラシュリは心の中でチッと舌打ちをした。
「……確かに、検問は通らなかった。でも、国境守備隊には追われてない」
「そりゃあアンタのことだ。最短距離にこだわって、人の住まない辺鄙な場所を飛んだんでしょ? 山の中とか、オアシスもない砂漠のど真ん中とか?」
「まぁ…………急いでたし。検問があるなんて知らなかったんだから、仕方ないじゃない」
まるで見ていたようにズバリ言い当てられたのが悔しくて、ラシュリはそっぽを向く。
「そんな事だろうと思ったよ。アンタ、見かけによらず世間知らずだもんな。
まぁ、そういうところが可愛いんだけどね。さぁ、納得したなら今夜の宿を探そうぜ。国境近くの宿にはいろんな情報が溢れてるんだ。そういった情報を酒場で仕入れるのも仕事の内だぜ!」
ひらりと、ソーが飛竜から飛び降りた。シシルもそろそろと飛竜の背から下りている。
(わ、私が……かわいい、だと? 人を馬鹿にして!)
ひよっ子の口からサラリと出た言葉に、ラシュリは憤慨した。
青い瞳を眇めてソーの背中を睨んでみたが、彼はまったく気づかずに飛竜の手綱を引いている。
仕方なく、ラシュリもカァルの背から下りた。
「おい、
ソーではなくシシルの方を見て尋ねると、シシルは頬を紅潮させた。
「ええと、高級な宿には、
シシルが指さした先に、日干しレンガの壁に木の屋根がついた大きな建物が見えた。
ラシュリが「へぇ」と竜舎を眺めていると、横からぬっとソーの顔が現れた。
意地悪な笑みはすっかり消えて、今は好奇心に満ちたキラキラ光る目をラシュリに向けている。
「なぁ、アンタは
「ああ。好きに見ればいい」
ラシュリはカァルの背から鞍を外すと、両手を伸ばしてカァルの首を抱きしめた。
「カァル、ここまで飛んでくれてありがとう。私はこの町に泊まるから、また明日頼む」
「ケェェェェ」
純白の飛竜は一声鳴くと、砂を撒き上げながらフワリと浮き上がり、そして瞬く間に消えてしまった。
「や、やっぱ消えた! シシルも見ただろ? なっ、消えたよな?」
「うん!」
ソーとシシルが顔を見合わせて頷き合っている。
「アンタがさ、今朝、ギルドの発着場で
「
仕返しに
〇〇
日干しレンガで造られた町の中央には、泉のある広場があった。
この広場が町の中心らしく、泉を囲む建物は商店や飲食店になっていて、ラシュリたちは広場に面した宿を取った。
ソーに言わせると、「中の上」のなかなか良い宿らしい。一階は食堂兼酒場になっていて、羊肉の串焼きの香ばしい匂いが宿全体に漂っている。
部屋に荷物を置いてすぐ、三人は夕飯と情報収集のために食堂に集まった。
四人掛けの四角いテーブルには、ベルテ共和国特有の平たいパンと豆のスープ、羊肉の串焼きが乗っている。どれも香辛料多めだが美味しい。
ラシュリが料理に舌鼓を打っていると、向かいに座っていたソーが、いきなり隣のテーブルの男に話しかけた。奥さんと子供二人の四人でテーブルを囲んでいる優しそうな男だ。
「あのっ、旦那さんたちは行商人っスよね? 俺たちこれから北へ行くんだけど、北の様子を知ってたら教えてくれませんか?」
ニコニコ、ニコニコ
彼は人好きのする笑顔で、情報を聞き出そうとしている。
「北はちょっときな臭いね。レラン王国でもモラード王国でも、戦になるんじゃないかって噂で持ち切りだったよ。うちはこの通り子供連れだからさ、あまり北には近づきたくなくて戻って来たんだ」
「戦かぁ。火種はやっぱジュビア王国っスか?」
「ああ、そうらしいよ。隣のモラード王国はまだ大丈夫そうだけど、国境を接してるイリス王国や、レラン王国の北部には、あまり近づかない方が良いんじゃないかな」
「あー、やっぱりかぁ。具体的にはどの辺りまで大丈夫っスかね?」
ソーは上着のポケットから旅行者用の地図を取り出して、男に見せている。
(なるほど。情報とはこうやって集めるんだな)
ラシュリは感心しながら、ソーと行商人の男の会話を聞いていた。
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