回す話

dede

第1話 回る話

「まーたサインの練習なんかして!今あなたがしなくちゃいけない事はそうじゃないでしょ?剣先にお皿を乗せて一回でも多く回す事なんじゃないの?」

言ってしまった後いつも通り激しい後悔が襲った。違う、そうじゃない。こんな事を言いたかった訳じゃないのに。

「いや、でもさ?咄嗟にサインお願いされたら困らないか?」

「まず人に見られるレベルにならなきゃダメでしょ!」

最近、タケシにキツく当たりがちな自覚はある。あるんだけど止められない。

タケシが暢気な性格をしているので表面上は何の問題も起きていないけど、すぐに別れ話になっていてもおかしくはなかった。

「ま、そっか。じゃあ、今日の練習始めようっかな」

「ねえ、そんな部屋の真ん中に立たないでよ?私の練習するスペースがないじゃない」

「カオリも練習するの?」

「明日も仕事だからね。体慣らしておかないと」

「すごいなー。明日はテレビの番組だっけ?」

「そ。それでもサインなんて数回しか書いたことないよ。サインの練習より芸の練習しなって」

「そうな。分かった」

そうして二人夜中ヘトヘトになるまで回し続けたのだった。

ちなみに私は傘で手毬や升を回す芸だ。


翌日。仕事から帰ってくると部屋にタケシの荷物がなく、テーブルの上に小さなメモで『探さないでください』とあった。

メモ用紙の上に水滴が落ちた。

「タケシ……」

ついに来る日が来たかと思った。

別に責めたかった訳じゃないのだ。

でも才能があるのに埋もれさせとくのは勿体ないって気持ちがあった。

大好きな私の彼氏はこんだけすごいんだぞ、って早く自慢したい気持ちもあった。

でも、どちらも私のエゴだ。彼には彼のペースがある。彼を責めていい通りはないのだ。

そして一週間後。

「それはそれとして、どうして急にいなくなった?あ?」

「は、離してくれ!?ちゃんと話すから!な?な?」

少し遠くにある運動公園で皿を回しているという情報が入ったので、急行してタケシを確保した。

この業界、非常に狭いので活動さえしてれば仲間内からすぐに居場所は割れる。

「……もうさ、ガミガミ言わないから。戻っておいでよ?ううん、まずはゴメンだよね。ゴメン、タケシ。私、言い過ぎてた」

「あ、違う。悪いのは俺の方だ。オレ、皿を回す以外に能はないのにさ、お前といると、ついつい甘えちゃって。だからさ、カオリと距離を取ろうと思ったんだ。嫌いになった訳じゃない」

「でも会えないんでしょ?」

「すぐに迎えに行くよ」

「そっか。期待しないで待ってるよ。早くしないとおばちゃんになっちゃうから」

「そうならないように頑張るよ」

そうしてタケシは私の元から去っていった。


そして半年後。

今日は久しぶりにバラエティ番組の撮影でテレビ局にきていた。

タケシとはあれから連絡を取ってない。今頃何をやってる事やら。ちゃんと芸を磨いてるかな?

と、ぼんやり思いながらテレビ局の廊下を歩いていたら、あるスタジオにタケシがいた。

「は?」

スーツを着て、壇上で高校生のアイドル達に話している。

「惜しい!ここで角度を求めるためにサインを使う訳だが、その使い方に癖があってだな……」

「何やってんだ、てめーっ!?」

「ふぐぅわっ!?」

思わずタケシの顔面目掛けて持ってた手毬を投げつけた。この後スタッフさんに怒られた。

「……久しぶりだな、カオリ?」

「ホントね。で、何やってるのよ、こんな所で?さ、言ってみようか?」

いや、険がある言い方になってしまうのは我慢して欲しい。

だって、芸を磨くと別れてといて、アイドル相手に講師役やってるんだよ?

「いや、それがさー、さすがに皿を回すだけじゃ生活できなくて塾のバイトを始めたら、何故か生徒がメキメキ学力上げちゃって」

「それで名物講師みたくなっちゃってバラエティ?バッカみたい。もう芸も錆びついたんじゃないの?」

「まあ、見てみろって」

タケシは自信たっぷりに剣と皿を取り出すと回し出した。

「おお、ブレてない!腕上げたね!」

「どうよ!……まあ、最近塾が忙しくて営業行けてないんだけどな」

「辞めちまえ!」


それから半年後。

最後にタケシに会った後、しばらくテレビに登場していたが、やがてメディアから姿を消した。

どうやら本当に辞めたらしい。きっとあのまま続けたら有名になってお金も入ってきただろうに、バカなやつ。

と、思いつつニマニマしてる私がいた。

そんな事を考えながら、またスタジオにタケシがいた。

「は?」

剣山に華を挿していた。

「何やってんだ、てめーっ!?」

「ふぐぅわっ!?」

思わずタケシの顔面目掛けて持ってた升を投げつけた。この後スタッフさんにめっちゃ怒られた。

「……久しぶりだな、カオリ?」

「ええ、そうね?で、今回は何やってるのよ?さ、サクサク言ってみようか?」

「いや、それがさ、バイトで生け花展の設営をしてたら、急に華道の先生がコロナに掛かってだな、代わりに活けろって言われてやってみたらウケちゃって」

「随分適当だなっ!?いや、もう、ホント何してるのよ!?」

「ま、でも、見てみろ、俺の芸を!」

彼は剣の上で皿を縦にして回し出した。

「おお、更にすごい芸をっ!」

「まあ、生け花の方が忙しくて、人前でやってないんだが」

「辞めちまえ!」


それから半年後。

最後にタケシに会った後、しばらくテレビに登場していたが、やがてメディアから姿を消した。

どうやら本当に辞めたらしい。まあ、とはいえ、2度あることは3度というし。油断ならない。

と、思っていたらスタジオにタケシを見つけた。

「は?」

「HEY、YOー!!」

ガンガンスピーカーから重低音が鳴り響いている中で、皿を回していた(ターンテーブル)。

「何やってんだ、てめーっ!?」

「ふぐぅわっ!?」

思わずタケシの顔面目掛けて持ってた和傘を投げつけた。この後スタッフさんに出禁にさせられた。

「……久しぶりだな、カオリ?」

「ええ、そうね?ねえ?違うよね?そうじゃないよね?あなたがしたかった事って、コレなの?もう、夢、忘れちゃった?」

「違う、そうじゃない!俺だってコレじゃないって分かってるさ!」

「じゃ、なんでこんな事になってるのよ?」

「あの後、生活のためにレストランで皿洗いのバイト始めたんだ。そのうち、調理も任されるようになって、店を任されるようになってさ。

今、お店5店舗のオーナーになってるんだけど、やっぱり忙しくてなかなか外で見せられなかったんだ。

そのうち、なんか、番組の提供をすることになって。その時、こちらからの要望で画面の端っこでいいから皿を回させて欲しいとお願いしたらあんな事になった」

「タケシがスポンサーなのっ!?」

「そう」

そりゃ出禁になるわ。

「ちなみに今はこんな事ができる」

タケシは縦に持った皿のふちに剣を縦に立てると、そのまま剣を回転させた。

「おお、すごい!やっぱり才能あるよ、タケシ!!」

「やっぱそう思う?……はぁ」

「どうしたの?」

「なあ、約束破っていいか?」

「え?」

もう芸を諦めてしまうのだろうか。もう私を迎えには来てくれないのだろうか。

「芸で身を立てたらって思ってたけど。こんな中途半端な俺だけど、結婚してくれないか?もうカオリと離れてるの、辛いんだわ」

「……もう、しょうがないな。いいよ。これからは、また一緒に頑張ってこうよ?」

「ありがとう。これからもよろしくな?」

「うん」

その後タケシのマンションに行ったら、めっちゃイイ部屋で新しい剣が4本あってティファニーの皿とか置いてあった。

そういやこいつ、今5店舗の経営者だったかー。

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