桜の木の下で

「オレ、今日告白するわ」

 桜吹雪が綺麗に舞い散る、桜の木が等間隔に並び立つ並木道で、鳥のさえずりが聞こえ尚且つ川の水が静かに流れて風流感が際立っている道を歩いている時に、オレこと高梨望は一緒に登校中である友人の水野諒に少々顔を赤らめてそれを隠すように天を仰ぎ見ながら思い切った宣言をした。

「あっそ」

 諒の返事は淡白で素っ気なかった。

「なんだよそのノリは! もっとこう……え、マジかよ! 誰に告るんだよ! みたいな感じなノリで来いや!」

 オレは文句をベラベラと喋り、こうしてほしかったと要求を次々と述べた。

「わったての。ちょっとな……お前が突然そんな事を言い出すから戸惑っちまったかだけだよ」目線を逸らしながら頭をポリポリと掻いた。「で? 誰に告るつもりだ?」

 その問いを聞いてオレの顔は緩みに緩みまくった。それを待っていたと言わんばかりに嬉々、悦楽としていた。そして笑窪を大いに崩して自分が告白しようと思っている女の子の名前を火照った顔で言った。

「徳子ちゃん」

「へー…………って! 徳子ってあいつか!」

 相当ビックリしたらしく、目を大きく見開いて仰け反るぐらいに驚愕していた。

「そんなに驚くなよ……」

「いやいや悪ぃ。……徳子ってアレだろ? ウチのクラスの背が高くて活発でクラスの中心的な存在みたいな奴だろ?」

「まあそうだ。とりあえずオレはそこに惚れて、今日のこの日を利用して告白しようと決意したんだ。この人生で最初で最後の告白にするんだ。誰にも言われたことがないこのオレがこの密かな熱い想いを告げるんだ」

 諒は腕組をして、「確かに……今日は俺たちの卒業式だから、悪くはないシチュエーションだな」と感嘆していた。

「とりあえず、卒業式が終わったら告白しようと思うんだ」

「いいんじゃねぇ? あーでもさ、何処で告白するつもりなんだ?」

「あそこだよ。グラウンドの方にある記念碑の隣の桜の木」

「今日そこでか……へー」

 面白いなと少しだけ頬を緩ましていた。

「たしかあそこって、よくあるいいつたえがあったよな」

「そうなのか? もしかして木の下で告白したら必ず成就するってやつか?」

「いやいや。そんなバカな話じゃねぇだろ。いまどきつまんねぇって。俺が聞いた話だとあそこの木の下で告白をしてOKを貰ったら恋が成就するっていう話だったな」

「それって、全然いいつたえでもなんでもないよね!? 当たり前のこと言っているだけだよね!?」

「ハッハッハ」

「笑って誤魔化すな!」

 ったく、とオレは嘆息する。

「まあ、なにはともあれだ」

 諒はオレの肩に手を置くと真剣な面持ちで「頑張れよ。俺はお前の親友として心から応援しているからな」といった

 諒に励まされてオレのやる気メーターが急上昇した。

「よーし! オレはやってやるぞ――――――――――――!!!!!!」と円満とした顔で気合いを引き締めた。



 卒業式の時、オレは彼女の事ばかりに気が入っていた。その所為で指示に遅れそうになったり等少し危なげであった。

 徳子ちゃんには朝のときに呼びかけをした。彼女がこの約束を忘れさえしなければ多分伝えたどおりに来てくれるだろう。

 彼女のことを考えている間は、無駄に長くてだるい卒業式が短く感じる事が出来た。

 卒業式が終わりに近づくと共に比例して、オレの胸の高鳴りが激しくなっていく。

 今絶対血圧高いだろうなと冗談を言ってこのどうしようもない気持ちを少しでも静められるように努力した。

 そしてとうとう長い卒業式が終わった。クラスでの集合写真を撮った。取られる時は皆で楽しく騒いでいた。

 もうこいつらとはおさらばなんだなとしんみりと感慨深く思いながら、友人との別れを告げながら解散していった。

 オレは解散した後すぐに例の桜の木の下に向かい、徳子ちゃんが来るのを待った。

 徳子ちゃんはすぐにこの場所にやって来た。

 オレがすでに居ると分かると小走りで駆けて来てくれた。

「ごめんね。待たせちゃって」

 徳子ちゃんは遅くなった事を、愛想笑いを浮かべながら謝った。

「いや。そんな事ないよ」

 掌をブンブンと勢いよく振って否定した。

 今日の徳子ちゃんはとっても美しかった。いつもとは変わらないはずなのに、どことなく雰囲気が違っており、清らかだった。

 そんな徳子ちゃんを見ているとキュンと胸が鳴った。

「で? 話って?」

 首を傾げて尋ねてくる。

 その仕草がとてつもなく可愛らしかった。オレは心の中で悶えていた。

「いや……あの……」

 言いよどみながら、声を上擦らせてしまう。

 ゴホン。と咳払いをして、深呼吸を行う。気持ちを落ち着かせる。

 そして、徳子ちゃんの目を見て、まじりっけのない。純粋で純白な、自分が徳子ちゃんに思っている感情を正直に伝えた。

「……好き、です」

 言ってから顔を背けてしまう。あまりの恥ずかしさで顔がかなり火照る。

 今絶対に平均体温を遥かに凌いでいる。と考えた。お風呂の温度と同じなんじゃないかな、と冗長にいう事で、心を常温に戻そうと努力する。

 本当に、なるべく他のことを考えて、顔の火照りをなくそうとしていた。

 だが……そんな事をする必要はすぐになくなった。

「ごめんなさい」

「えっ……」

 オレの熱は急激に冷めていった。サーっと血の気が引く。

「そういう事だから。ごめんね」

 頭を下げると、それじゃあ。と言ってこの場を後にした。

 オレは茫然自失とした表情を浮かべて、その場に突っ立った。



「……………………………………………………………………………………………………………」



 完全に硬直。まるで石像の様に固まっていた。

「あらー……見事に振られちまったな。ドンマイ」

 諒が突然現れた。そしてオレの肩に手を置いてきた。オレはコメントする気力さえも失ってしまい、諒に何も話せないでいた。

「おーい! 悔しいのは分かるけど無視すんなー」

 バシバシと平手打ちを何度もしてきた。

「痛って――んだよ!」

「うわっ!あっさり復活しやがった」

 オレは平手打ちのお返しに諒の頭を何度もバンバンと叩いた。

「イテッ! バカやろう! 八つ当たりすんな!」

 後退しながら攻撃をかわしていく。

「まあ、そりゃあ残念な気持ちは分からないでもないけどさ……」

「うるさい! 黙れバカ!」

 もうこれは完璧に八つ当たりである。

 振られたショックが大きすぎて心に深いダメージを負っている。下手したら立ち直れなくなるかも……。

 諒は暴れているオレをどうどうと気持ちを落ち着かせようとしてくれていた。

「運が無かったと思えよ。恋ならまた見つけられるって」

「出来るか! オレは徳子ちゃんが良かったんだよ!」

「だから運が無かっただけだろ。今日は祝いの日なんだから、明るく行こうぜ。しけんな」

 うわーんと大泣きをする。まるで駄々っ子のように泣き喚いた。

「だーかーら、あの子は、隣のクラスのやつと付き合ってんだから、当たり前だろうに」

 うんうんと諒は何度も頷いていた。

「えっ……今何ていった?」

「そういう事だよ」

「いや……どういう事だよ」

 諒はポカーンとしている俺にヤレヤレといったポーズを取ってから衝撃的な事実を告白した。

「知らないのかよ。だから、もうとっくに男がいるんだって」

「…………」

 しばらくその言葉を理解できなかった。

「…………は?」

「そういう事だ」

 ポンと肩に手を置いた。

「次の恋を早く見つけな。俺はお前を応援しているさ」

 ハッハッハ。と笑いながらオレに背中を向けて、何事もなかったかのように場を流した。

「ふっ……」

「ん? なんか言ったか?」

 プルプルと身体が震える。気がつけば拳を握り締めていた。


「ふざけんな――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!」


「わっ! 待て!」

 殴りかかったけどスンでの所でかわされてしまった。

「この野郎――――――――――!!!!!!」

「ちょっと! マジ勘弁しろ!」

「殺してやる――――!!」

「シャレにならねぇよ! てか、知らなかったお前が悪いだろう!」

「知ってたんだったら、言った段階で教えろボケ!!!!」

 オレが声が枯れるほど叫ぶと諒は少しぷるぷると震え始めた。そして、口を丸めて、声が漏れるのを一生懸命にこらえていた。そして、こらえきれなくなったのか、噴き出した。

「だって、そっちの方が面白そうだったから」

「死ねぇ――――――!!!!!」

 オレは諒の胸ぐらをつかもうとするが、またもやかわされる。

「オレの恋は桜の花びらのようにあっけなく、儚く散っていってしまったんだ」

 オレは膝から崩れ落ちた。朽ちた枯れ木のように支える力もなく音を立てて倒れこんだ。長い人生に幕を下ろすように脱力した。

 諒はそんなオレの肩に優しく手を乗せた。片膝をついてオレの目線に合わせる。透き通った奇麗な目をしていた。そして、オレの言葉をこう返して紡いでいった。

「だがしかしな。また巡ればお前の恋という桜の木にはまたつぼみが宿り、いずれ咲き誇るだろう?」

「そんなことないよぉ。もうだめだぁ、おしまいだぁ」

 涙で顔をぐちゃぐちゃにするオレに対して、諒はオレの両肩をがっしりとつかんだ。力がこもりすぎて痛かった。オレは思わず顔を上げて、諒の事を見た。そうすると、こいつの顔はいかにも真剣で、冗談を言っていた少し前の表情とは真逆で、そのギャップに少し気圧された。

「そんなことない。だって、俺はお前のことが好きなんだから」

  風が強くふぶく。

 大量の花びらがまるで飛び立つかのように空を舞って行った。

 桜吹雪がオレたちの周りを飛び交う。まるで、二人のこれからをこの桜の木が祝福してくれているかのようだった。

「そ、そんなこと……急に、言われたって、困るよ……」

「ずっとずっと言いたかったんだ。だけど言えなかった。でも、この桜の木が応援してくれているような気がしたんだ。そして、俺は今しかないと思った。この言い伝えのある、伝説の桜の木の下でお前に俺の心の内をさらけ出して打ち明けよう、と」

「ば、ばかぁ。オレが、急に、そんな、心の整理なんてつくわけない」

 オレは顔を赤らめる。オレは今までそんなことなんか言われたことがない。頭の中がぐちゃぐちゃになって、うまいこと整理ができないでいた。思考が複雑な迷宮な迷路に迷い込んでしまい抜け出せないでいた。

 オレは走り去った。

 そうすると、また風がふぶいた。音を立てている。この音はまるで祝宴の鐘のように甲高く聞こえた。それに呼応して桜吹雪が舞う。温かいこの季節に見ることはない雪景色の銀世界を眺めるようだった。

 ぽつぽつ美しく優しく空に舞うそれらは風に乗せられて花の嵐のように吹き乱れ始める。

 それを清く澄んだ瞳の奥に焼き付ける。いつかまた同じ景色をこの桜の木の下でと2人で思い出に焼き付けて写真のように心へ残していけたらいいな、とそんな淡い願いを込めて、オレは走り去っていくのだった。


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あなたの傍に誰かいる 春夏秋冬 @H-HAL

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