第13話 災厄の炎

「あれっ、八坂くんじゃないか。元気そうだねぇ♬」


 ギルド代表・鞍馬理央は柔らかな微笑みを浮かべながらこちらに歩いてくる。


「代表、お知り合いですか?」


「ああ、黒田事件でちょっとね。ナターシャくん、あとは私が引き受けよう」


「そんな、代表自らだなんて……」


「いいからいいから、他に話した意見もあるしね」


「そうですか、では……」


 赤髪の受付嬢——ナターシャはそう言うとこちらにうやうやしく頭を下げ、奥に引っ込む。


「それじゃあちょっと歩くんだけど、僕の部屋まで行こうか♬」


 鞍馬に連れられて向かったのはギルド本部の5階。代表執務室だ。


 向かい合わせに並べられた革張りのソファを勧められ腰掛ける。


「久しぶりだね、元気にシャバを満喫してるかい?」


「ええ、それなりに。鞍馬さんもお元気そうで」


 社交辞令の挨拶を交わし、俺はすぐさま本題に入る。


「で、俺に何か用ですか?」


「話が早くて助かるよ♬」


 鞍馬は子どものような笑みを浮かべて続ける。


「君、第6層への降下許可証が欲しいんだろう?」

「はい。ちょっと配信に行き詰まってまして」


 ここで下手な嘘をついても仕方がないので、俺は正直に話す。


「いいよ♬ でも他の冒険者の手前ただで許可証を渡すわけにはいかない」


「と、言うと?」


「君たちには第6層への降下許可証を渡す代わりにおつかいを頼みたいんだよ」


「おつかい?」


 俺が怪訝そうな顔で尋ねると、鞍馬は執務机の抽斗ひきだしから1冊の古びた書物を取り出す。


「……! それって」


「そう。七瀬くんのお祖父さん、ヴェルヌ=シーカーの手記。その第5書だよ」


 鞍馬はペラペラと手記をめくり、あるページを開いて俺に見せた。


「この第5書には第50層付近の探索記録とは別に彼がダンジョン内で発見したネザリアン由来の宝物……通称”ヴェルヌコレクション”についての情報が書かれている」


「ヴェルヌ……コレクション」


「例えばこれ、この前の第5層での戦いで君がバジリスクの腹の中から見つけた剣」


 鞍馬の指の先ではジャビ撃退に大きな役割を担ってくれた石の剣の絵が描かれていた。


翡翠の石剣グラヴェル・セイバーという宝物らしい。500年生きたバジリスクの化石を使った剣で、適合者が振るうと石化能力を発揮するそうだ」


「それであのときジャビの腕は……」


 あの時の謎現象に説明がついて納得感が出るのとともに、そんな大層なものに選ばれてしまったことへの驚きが俺を襲う。


 そんな俺の様子を気にも留めずに鞍馬は続ける。


「そして、君に今回回収してきて欲しいのはこれだ」


 鞍馬が開いたページには燭台の上で禍々しく燃える炎の絵があった。


災厄の炎カラミティ・フレアっていう代物でね。どういう原理かは知らないが水をかけても、酸素がなくても燃え続ける炎らしい。手記には第6層にあると書いてあるんだが、こちらから正確な位置は把握できなくてね。君たちならたどり着けるんじゃないかという算段だ」


「七瀬が持つ第1書が目的ってことか?」


「第1書だけじゃ足りないさ。依然ネザリアンのテリトリーである第6層に向かうには相応の実力がいる。例えば、首魁のジャビを押し返した君とかね」


「……」


「期待しているよ。あ、一応ギルドから君たちをサポートする人間を1人派遣するから仲良くね」





「七瀬、いるか?」


 俺は第6層への降下許可証だけ入手するとそのまままっすぐ七瀬の家に向かった。


 もとより彼女の精神の安定のためにも許可証が取れたら会いにいく約束をしていたのだ。


 インターホンを押すと、中からドッタンバッタンと騒がしい物音がする。しばらくして七瀬が玄関を開けた。


「お、思ったより早かったのね」


「ああ、色々あってな」


「とにかく入って。中で聞くわ」


 七瀬に案内されるまま俺は扉をくぐる。


 リビングにまで足を踏み入れると、キッチンの方からなにやら美味しそうな匂いが漂ってくるではないか。


「これは……トマト?」


「ミネストローネよ。本当は陽太が帰ってくるまでに作っちゃうつもりだったんだけどね。もうちょっと待ってて」


「ああ」


 まったく、今日くらいゆっくりしていてくれればよかったのに。


「まったく、今日くらいゆっくりしていればよかったのに」


「漏れてるわよ、心の声」


 七瀬は嘆息すると、鍋をかき混ぜながら目線を俺に向ける。


「ほら、配信っていつもあなたに戦わせてばっかりじゃない? だからその……お礼よお礼」


「そうか」


 義理深いやつだな。そんなこと気にしなくてもいいのに。


 だが、せっかくの厚意を無碍むげにすることもない。今日はご相伴に預かることにしよう。


 程なくしてミネストローネを完成させた七瀬がダイニングに料理を並べる。


「じゃあ、いただきます」

「めしあがれ」


 なんだかモジモジとしている様子の七瀬。

 それほどに料理には自信がないのだろうか。


 俺は恐る恐るスプーンでミネストローネをすくい、口に含む。


「美味い」


 トマトの酸味と大豆やベーコンの甘さがまろやかに溶け合って味覚を優しく包んでいく。

 飲み下すとじんわりと胃の辺りが温かくなり心も安らぐ。そんな木漏れ日のような味だった。


「よ、よかったぁ〜」


 満面の笑みで胸を撫で下ろす七瀬。

 不安が解けたのか、彼女は合掌をすると湯気が立つミネストローネを頬張る。


 それから、楽しく会話をし他愛ないことで笑い合った。

 お互いにスープ皿を空っぽにしたところで俺は本題に入った。


「それで、第6層に向かう件なんだが……」


 俺は七瀬に鞍馬との交渉について簡潔に話した。


「なるほど……災厄の炎、か」


 七瀬はヴェルヌの手記を開き、災厄の炎に関する記述がないかを調べる。


「確かに、第6層に消えない炎を発見したという記載があるわ。でも、詳細な場所は記されてないわね」


「そうか」


「まあいいじゃない。ダンジョンを冒険するのもわたしたちの配信の魅力なんだから。きっとお祖父様もわたしたちにワクワクする余地を残してくれたんだわ」


「そうだな……」


 この時感じていた言い知れぬ不安が、まさかこの後現実のものになるとは。

 各々に準備を進めて、俺たちは第6層降下日を迎えた。

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ダンジョン深層から地底人たちが攻めてくるようなので、家畜奴隷の俺と大戦犯の孫のコイツで実況中継しながら追い返したいと思います。 八冷 拯(やつめすくい) @tsukasa6741

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