第2章 災厄の炎《カラミティ・フレア》

第12話 早くも暗雲っ⁉︎

「伸びないッ!!! 全ッ然伸びないっ⁉︎」


 七瀬の家で晩飯をご馳走になった直後。

 パソコンと睨めっこをしていた彼女が悲痛な叫びをあげる。

 七瀬と組んでダンジョン攻略配信を始めて早1ヶ月。俺たちは早速暗礁あんしょうに乗り上げていた。


 そう、とにかく配信が伸びなくなってきたのだ。


「原因は明白だな……」


 端的に言うと、ダンジョンの探索制限である。


 1ヶ月前、ダンジョン第5層におけるネザリアンとの攻防戦の結果、なんとかその進行を食い止めた俺たち。


 首魁しゅかいのジャビに手傷を負わせたからだろうか、それからしばらくの間ネザリアンは侵攻活動を中止している。


 しかし、その裏で犠牲は大きかった。


 ギルド幹部・黒田源五郎の逮捕、そして奴によって無謀にもバジリスク討伐作戦に投入された俺以外の家畜奴隷約100名の全滅。


 更には勇気ある一般冒険者数十名の死はこれまでダンジョン周りを仕切ってきたギルドの信頼を揺るがし、ギルドに所属しない無免許の野良冒険者が増加しつつあった。


 蛮勇だけで死地に向かう、大変危険な行為だ。


 これを受けたギルドは、失った信頼を取り戻すべく早急な対応に出た。それが、ダンジョンの探索制限だ。


 現在、人類の探索が行き届き、最低限の安全が担保されているダンジョン第5層までが一般冒険者が探索できる限界となっている。


 未だネザリアンのテリトリーとなっている第6層より下に向かう階段にはギルド所属の腕利き冒険者たちが三交代制で見張をしており、ギルドの許可証を持たない無法者たちを追い返している。


 そこまでは真っ当な処置だと思うし、ギルドも汚名返上のために頑張っているんだなで済むのだが……思わぬ割を食ったのが俺たちだ。


 当初、第20層クラスのモンスターを相手取れることを売りに始めたダンジョン攻略配信であったが、都合一般冒険者でしかない俺たちとて第6層より下に進めないのは同じ。


 つまりこの1ヶ月間俺たちは第1層〜第5層を行ったり来たりしながらモンスターを討伐したり、名所スポットを巡ったりとあの手この手で配信を続けていたのだが……いかんせん華がない。


 視聴者のニーズを模索し、初級冒険者に向けたダンジョン序盤攻略講座なるものを撮ってみたりもしたが……元々バジリスク戦クラスの刺激を期待していた視聴者ばかりなのが災いした。


 ブルーオーシャンということもあり、ある程度の食いつきは獲得できたものの


『ん〜、実力の無駄遣い』

『いまさらビッグラット討伐とか言われてもな〜』

『毎秒つまんなさ更新中』


 などと辛辣なコメントが続いた。


 そして、それを見てダメージを受けているのが七瀬だ。

 

「あなたが戦う分、わたしが企画とか考えるから!」


 と意気揚々と机に向かっていた彼女の姿はどこへやら。最近は毎夜減少する視聴者を確認してはパソコンの前で発狂を起こすのが日課になりつつある。


 よくない。精神衛生上非常によくない。


 ただでさえ人類の敵・大戦犯ヴェルヌ=シーカーの孫娘ということでコメントの風当たりが強かったのに、この状況が続くと七瀬の精神がいよいよおかしくなってしまう。


 ダメ元だが……。


「七瀬、よく聞け。いやほんと、一回発狂やめて……」


「……なによ」


「一旦、配信やめよう」


 思い切ったアイデアを口にすると、七瀬は泣きそうな顔になる。


「何言ってんの⁉︎ どんどん視聴者数下がってるのに配信もやめたらわたしたち——」


「落ち着け。どの道、このまま無策で配信を続けても視聴者の期待を裏切るだけだ。数日配信しないくらいなら、大損はしないだろ」


「むぅ……」


 認めたくないのか、膨れてしまう七瀬に俺はできる限り優しく伝える。


「明日、ギルドに行ってくる。ダメ元だが第6層より下に降りる許可がもらえないかお願いしてくるよ」


「じゃあわたしも——」


「七瀬は待機だ」


「どうして!?」


 不安なのか、捨てられた子犬のような表情をする七瀬に俺は近づき、顔をのぞき込む。


「ほら、酷いクマだ。最近ネタ考えたりであんま眠ってなかっただろ」


「そ、それは……」


「せっかくできた休日なんだ。またすぐに活動を再開するかもしれないんだから、休めるうちに休んどけ。わかったな」


 念押しの意味も込めて顔を近づけると、七瀬はほのかに顔を赤らめて小さく頷いた。


「うん……わかった」



 翌日。


 俺は朝食もそこそこに20分ほどかけて東京にあるギルドの本部に出向いた。

 周辺までたどり着くと、都会のビルの中にありながら革の鎧や剣で武装した大人たちとすれ違う。


 ギルドを中心とした半径1キロはダンジョン要警戒区域として、治外法権の特別区に指定されている。銃刀法も意味をなさない。


 今や当たり前の光景だが、ギルドができた当初はハロウィンの仮装行列と評されていたらしい。


 しばらく歩くと、ダンジョンで採掘された鉱石をふんだんに使った石造りの建物、ギルド本部に到着した。


「ここに来るのも1ヶ月ぶりだな」


 黒田の一件の後、ダンジョン配信を始める際に友人の大河の勧めで正式に冒険者としての免許を発行してもらいにきたのだ。


 本来、半年間の講習を受けなければならないらしいのだが、大河のやつ南雲製薬とかいう薬物研究会社の御曹司らしい。


 ギルドとも冒険者の友である速攻回復薬『ポーション』の開発でツテがあったらしく特別に講習課程を免除、試験一発で免許を取得させてくれた。


 相変わらず、大河は優しいやつだ。しばらく会えていないが元気にしているだろうか。


 そんなことを思い出しつつ、ギルドの重たい扉を開け、人の波をくぐって受付に向かう。


「すみません、ご相談したいことがあるのですが……」


「はーい」


 応対してくれたのは茶色のミディアムヘアがかわいらしい妙齢の女性だ。

 彼女は俺の顔を見るや否や嬌声きょうせいを上げる。


「えぇーッ!!? もしかして家畜魔術師さんッ⁉︎」


 キャッキャと嬉しそうに絡んでくる受付嬢。

 

 家畜魔術師。


 ダンジョン配信の先駆けとなったバジリスク戦で付いた俺の異名らしい。

 てか誰だこんな不名誉な名前付けたやつ⁉︎


 まず家畜ってのが失礼極まりないし、俺一応剣士のつもりでやってきたんだがッ⁉︎

 まあ、あの戦いでは魔術を多用していたのでそう取られるのも仕方ないのだが……。


 それはそうと、俺がギルドへの直談判に腰が重かった理由がこれだ。


 配信の人気は落ち目なクセに、俺個人の知名度だけ爆上がりしてるせいで冒険者が多いところに行くと絶対に絡まれる。


 特に陽気なタイプの人種に。


 ウザい、この上なくウザい。まったく用事がはかどらん。ほんと勘弁してくれ……。


「あ、あのお姉さん。ちょっと相談が……」


 俺はどうにか己を律し、受付嬢を落ち着かせて話を進める。


「ダンジョン第6層に降りる許可をもらいたいんだが」


「え〜、じゃあこちら、ナ イ シ ョ ですよ♡」


「え゛」


「コラっ! 何してるの!」

 気色悪い受付嬢の不正行為を咎める声がする。

 奥から出てきたのは、同じくうら若い赤髪が特徴的な女性。


 ご立腹なようで、茶髪の女性を別窓口に追いやると深々と頭を下げて俺に詫びる。


「うちの者が申し訳ありません。あなたが来てテンションが上がっちゃったみたいで……」


「はぁ……」


「ご用件、ダンジョン第6層への許可証でしたっけ?」


「そうです」


「幹部の方どなたかからの推薦や依頼文、紹介状などはお持ちですか?」


「いえ……ただ、配信をやっている者でしてどうしても第6層まで降りないと食い扶持が……」


「う〜ん、そうですね。申し訳ないのですが、現在ギルド全体で第6層への下降は許可制になっていまして……特に紹介状がないならこちらから許可をするわけにはいかないんです……」


 至極申し訳なさそうに頭を下げる赤髪の女性。

 しかし、彼女の言っていることはもっともだ。無茶を言っているのはこちらなのに……。


「こちらこそ、無理を言ってすみません。出直させてもらいます」


 俺もぺこりと一礼をして受付を離れることにした。

 七瀬には申し訳ないが、これ以上ゴネたところで厄介な冒険者のひとりになってしまうだけだ。


 俺がきびすを返そうとしたその時、よく知る声が俺を呼び止めた。


「あれっ、八坂くんじゃないか。元気そうだねぇ♬」


 そこにいたのは、綺麗にゆわえられた白髪に理知的な眼鏡。ギルド代表・鞍馬理央その人だった。

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