56.ようやく明かされる過去


 エレベーターがしばらく下に進むと殆ど光が入らなくなり、暗闇の中を降りていく事になる。


「暇ですね」


 ステラがポツリと呟いた。


「誰か、何か面白い話してください」

「お前からしろ」


 ジロの声が返ってくる。しかし誰も口を開こうとしない。沈黙が流れる。


「……」

「……」

「……」

「いや! 何か喋ろうよ!?」


 声を荒げるアカネはどちらかと言えば沈黙が苦手なタイプである。とはいえ、彼女にも話題があるわけではない。


「……じゃあさ、みんな最近どう?」

「どうって……いつも一緒にいるのに……」

「そっかぁ……あ、じゃあさ、ジロさんの言ってた例の過去の話とか、聞かせてよ」

「話しても良いんだが……楽しい話じゃない」

「回想キャンセルされる余地のない今のうちに話さないと、読者がもうええわってなるよ!」

「読者言うな」


 しかしジロは、そうかな、そうかも……、と思い直し話を始めた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ジロ。本名をトキジロー・ホージョーといった。彼は東方世界の列島の国扶桑の首都、オオミコトノキョウに生まれた。かつてはもっと北東に首都は存在したが、大陸並びに南方の島嶼に進出する為の司令部であったこの地に、いつしか行政の中心が移っていったのである。彼はホージョー家当主の次男として生まれた。この一族は、この国の皇帝の宰相を務める家柄で、古くから政治に大きな影響力を持つ名門貴族だった。彼も優れた才能を持ち、科挙試験を易々と突破し、任官後も若くして出世を重ねていった。

 そんな彼には同い年の幼馴染の女性がいた。クスノキ・トモエ、彼女は武人の家系であり、幼い頃から一騎当千のヤベー化け物、『東方無双』と評されてきた。求婚する者も跡を絶たなかったが、彼女は幼い頃から仲の良かったトキジロー以外に興味を持たなかった。この婚姻はあらゆる面で双方に都合が良かった。軍事的影響力の勢いが増していたクスノキ家と政治的な地位を確立しているホージョー家が結びつけば、この国を支配することも夢ではなかったからだ。かくして二人は結婚した。結婚生活は幸福そのものであった。

 しかしながら、両家の影響力の拡大を良しとしない勢力は数多く存在した。特にホージョー家は海外領土の搾取政策を緩和し、自治権の拡大を目指していたため、内外に敵を多く抱えていた。しかしながら、トモエの存在は大きく、武力による解決は困難であった。彼女が身重になるまでは。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ちょっと待って、ジロさんって奥さんいたの!?」


 アカネが驚いたように言った。


「そうだ。俺には妻と子供がいた」

(か、過去形……)


 話の続きを聞くに聞けない雰囲気になってしまったが、構わずジロは口を開いた。


「トモエが妊娠して半年経つと…」

「ちょ、ちょっと待ったジロ! もう話さなくてもいいよ!」

「うむ! 話していて辛いだろう!?」

「そ、そうですよっ!」

「しかしまだオチが」

「オチ言うな!」


 なんとか止めようとする面々であったが、ジロの意思は無駄に固く、語り続ける。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ある時、ホージョー家とクスノキ家の酒宴が行われた。長い警戒態勢で緊張していた両家を労う為に開かれた席であった。もちろん、十全に警備を敷いてはいたが、事件は起こった。いや、事件と呼べる規模ではなかった、さらなる植民地拡大を狙うコノエ家、海外領土の利権を握るシマヅ家、コノエ家と密接に関係のあるツガル家は全軍を挙げて、両家を襲撃したのである。当時、海外遠征のために大規模な軍隊を移動させることは珍しいことではなかったため、察知が出来なかった。戦闘準備の無い両家とは圧倒的な戦力差があり敗北は必至であった。しかしながら、両家の、特にトモエの奮戦は凄まじく、単独で前衛のシマヅ軍は壊滅させた。トモエは身重であっても有象無象の武士よりも遥かに強かったのである。それに続くコノエ軍の被害も少なくはなく、またツガル軍は遥か北から長旅を経た影響なのか早期に戦場を離脱。両家を壊滅させた後に首都を包囲し、追認を強いる三家の計画は破綻した。しかし、ホージョー家は殆どが討ち死に、クスノキ家も出席した者はトモエも含め全員死亡した。『東方無双』と評されたトモエもこの数に押されては、それを退けることは出来ても生き残る事が出来なかったのである。

 唯一死に損なったのは、当時はまだ弱っちかったが故にトモエに庇われ、無理矢理その場から逃されたトキジローだけであった。家族も家臣団も全滅した彼に出来ることはなかった。彼に残されたのはトモエとの約束だけであった。


「後なんて追わず、あたいより良い女を見つけな。この世界は広いんだから」


 この先どうなるかもわからない彼は、一時的に身を隠し力を蓄えた後、シジマミナト港から大陸へ向けて出港し、そしてそのまま西方へを歩き始め、現在に至る。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ああ、そうだったんですね……それは、その、アレですね……」


 お通夜のような空気になる中、ステラが言った。彼女なりに気を使ったのだろう。そして他に、誰も口を開こうとはしなかった。そうしている間、ついにエレベーターが止まった。灯りが弱々しく辺りを照らしているが、かなり薄暗い。


「ここが終点みたいだな」

「そうだね……」


 松明に灯りをつけ、一同はエレベーターを降りて真っ直ぐ進む。壁は遺跡のように装飾がなされており、それが不気味さを演出する。しばらく進むと、正面に扉があった。


「……開けるぞ」


 ジロは恐る恐る扉を開ける。扉の向こうにはドラゴンのケツが鎮座していた。


「ぬおっ! 後ろから来た!?」


 そのドラゴンは驚き飛び上がった。ヘビのように長い身体と短い手足だが翼もないのに宙に浮かび上がる。そして尻尾は長く伸びており、先端は二股に分かれている。全身を覆う深い緑の鱗は光沢を放ち、とても美しい。そう、このドラゴンはカクリヨノヤチホコノアメノカガチであった!


「クックック……よく来たな、トキジロー・ホージョー、そしてステラ・シュコダ……」

「……」


 しかし、一同は無言で何やらしょげ返った雰囲気であった。さっきのジロの話を最後まで聞いたからである。


「えぇ……なんか、こう、神託を言い渡すみたいな、そういう雰囲気じゃない……!?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


どうでもいい設定

 扶桑

東方世界の更に東に浮かぶ、我々の世界で言う樺太と千島、北海道、本州、四国、九州、琉球諸島、台湾、小笠原諸島、マリアナ諸島を支配下に置く地域大国。

首都は我々の世界における大宰府市に位置するオオミコトノキョウ。

人口の8割以上が狼獣人であり、残りは鬼、大陸から来た華人などの人類種が殆ど。

香油を求めて各地で暴れ回るどちらかと言えば蛮族な人たち。

何度か大陸の国々に負けたり上陸されたり空挺降下されたり痛い目を見ているがあまり懲りてはいない様子である。

しかしながら近年の政変により宥和な外交姿勢を見せている。が、隣国らにはかえって気味悪がられていたり……。


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のんきなエルフとくたびれオオカミ ターキィ @Kyusyu_Turkey

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