55.ヤバい女神の陰謀


「おうい助けてくれ、骨がいっぱい折れた」


 ジロの声だ。舌に巻き取られたまま地面に叩きつけられたらしく、毛皮の一部が剥げてしまっている上に腕や足が変な方向に曲がっている。


「酷い有り様じゃないか、ジロ」

「全くだ」


 ウルリーケの言葉にジロは顔をしかめながら言った。彼女は彼に駆け寄り舌から引きずり出す。自力で立つことが出来ないようで、その場に横になったままだった。


「今回はいいところがなかった」

「それは残念だ」


 アカネや木陰に隠れていた臆病者ども二人も駆け寄る。


「やりましたね御三方!」

「やりましたねじゃないよステラ……まあいつものことか。大丈夫、ジロさん?」

「大丈夫じゃない。だが可愛い子ちゃんのキスがあれば治る」

「一応言っておくけど、もしキスして治らなかったとしても治療はそこで終わりだからね」

「やっぱり治癒魔法を頼む」


 アカネはため息を一つ吐いて、それからジロの腕に手を当てて詠唱を始めようとする。しかし、突如聞こえた茂みの向こうからの何者かの叫び声に阻まれる。


「待てぇー!」


 声の方を向くと、そこには四人の治癒師ヒーラーらしき装いの犬系オーストラリアン・キャトル・ドッグの獣人一家がいた!


「ははーん、ヒーラー犬と治癒師ヒーラーをかけてるわけね、面白くないんだよ!」


 虚空に向かってブチ切れるアカネに、治癒師ヒーラーたちはビクッと跳ねた。


「パパ、あの人怖い……」

「気が立ってるだけだろうから、大丈夫……たぶんな」


 彼らは両親に娘二人の四人家族のようで、冒険者たちを治癒するのがヒーラー一族の使命なのだという。このダンジョンが騒ぎになっていたので駆けつけたらしい。アカネの治療に待ったをかけたのは理由があった。


「骨折した部分は真っ直ぐにしてから治療しないと、歪な状態で固定されてしまうんだよ」

「あ、そうなんですか……」


 彼らの医療の知識は本物のようで、ジロの身体に的確に、そして最小限に治癒魔法を施し、彼は瞬く間に元気になった。


「ありがとう、奥さん。美しいあなたにお礼がしたい……」

「まぁ……♡」

「僕の妻だ!!」


 そっちの方も元気になっていた。しょーもな! 娘の一人、青い毛並みの少女が残りのメンバーに話しかける。


「あなたたち、キニーネは持っている?」

「いや、持ってない。そうか、熱帯雨林だしな」

「不用心だよ」


 彼女は腰のポーチから、小瓶を取り出し、ステラに渡した。キニーネとは、キナノキから抽出されるマラリアの特効薬となる物質である。


「渡しておくよ」

「へぇ、これがキニーネですか……!」


 ステラは物珍しそうに小瓶を眺め、何か心得がありそうな雰囲気を醸し出す。が、流石にこれについては普通に耳にしたことがあるようだ。


「乳首に塗っておくと乳首ねぶりドラゴンが嫌がる」

「そっちの対策ですか!?」


 ……キニーネは強い苦みを持つ物質であり食品添加物として使用されることもある。トニックウォーターによく入っていたらしい。今も入っているかは知らない、気になる人は飲んでみよう。

 さて、怪我も全快したパーティーは伸びている乳首ねぶりドラゴンを叩き起こす。なお、治癒師一家はお礼にもらったパブロヴァを食べていた。


「起きろ」


 ジロが翼に刀を突き刺すと、うめき声を上げた乳首ねぶりドラゴンが目を覚ました。


「うぐ……」

「次の階層への道を教えろ」

「やむを得ん、教えよう」


 乳首ねぶりドラゴンは起き上がると、尻尾で地面を叩く。すると、地面にぽっかりと穴が空いた。中には階段が続いている。


「さあ、行くが良い。私に乳首を舐めさせておけばよかったと後悔するだろう」


 一行は、そんなわけねーだろ、と思いつつ階段に向かおうとするが、治癒師一家の赤い毛皮の次女が声を上げた。


「待ってみんな! あそこにエレベーターがあるよ!」


 彼女の指差す方を見ると、木枠で作られ、操作盤らしきものに魔石が嵌められたエレベーターが存在した。隙間から昇降路を覗き込むと、かなりの下層へと繋がっているようである。


「これで一気に下まで行けるね!」

「そうですね!」


 喜びの声を上げる一行だったが、慌てるのは乳首ねぶりドラゴンである。このようなものがあるとは思っていなかったようである。


「ま、待ってくれ! 見なかったことにしてくれ!」


 その言葉を無視して一行はエレベーターに乗り込んだ。こんな変なドラゴンの言葉など聞く必要はないのである。


「見なかったことにぃー!」

「いや階段ダルいし……」


 ウルリーケが操作盤のボタンを押すと、エレベーターがゆっくりと下り始める。治癒師一家が昇降路を覗き込み、彼らに手を振っていた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 さて、彼らの事を遠くから監視しているのはカビの生えたダンジョン奥地で待ち受けているカクなんとかドラゴンだけではなかった。この世界のあらゆる存在が認知できない領域、空間と空間の狭間のような場所……神妙不可思議な空間に胡散臭い如何にも女神然とした見てくれの女が一人おり、4K対応、有機EL、入力周波数240Hz、42.5インチのモニターで、ジロたち一行を監視する姿があった。ちなみに台湾製である。


「ようやく見つけた……きさらぎの鏡」


 彼女こそがこの世界の創造主にして、不特定多数の地球人類をこの世界に送り込んでいた張本人、女神ローナであった。彼女は長い事この異空間から動けない身であり、自身が創造したはずのこの世界の管理権限を喪失しているため、自身の干渉できる地球人類、アカネたちのような稀人を送り込む事によって、地道にこの世界に影響を与えようとしてきた。彼女は地球世界に飽きていた。都市経営ゲームで発展し切った街に興味を失うかのように、世界そのものに飽いていたのである。そんな折、彼女は自身が作った試作品であるもう一つの世界を思い出したのである。


「そう、地球世界とこの世界を繋ぐきさらぎの鏡さえ手に入れられれば私はこの空間から脱し更なる干渉が可能になるし、そうすればもっと面白いことが出来るようになる」


 妙な説明口調の独り言を喋るローナ。結構長い間一人ぼっちなのでその辺りは察していただきたい。そして彼女の目の前に広がるモニタには専用のUIが表示されており、気になる人物をピン留めしてその動向を追うことが出来たり、その人物に対する評価を書き込んでおけるようになっている。当然、送り込んだ転移転生者は全て逐一チェックしているし、必要があれば助言を与えている。意外にもマメなのだ。とはいえ、自身を信仰していない者には干渉できない。転移者、転生者であっても、現地の信仰に改宗した者はその動向を見失う。ただ全体チャットのようなものは一方的に送ることは出来る。送ったところで望ましい返事が返ってくることもないが。


「中山 アカネ……確かそう、ブリソニアに送った連中の一人か……もうあの一団の生き残りは数少ないが、思わぬ収穫があるかもしれないわね……」


 そんな事を言い、画面から目を離すと小躍りを始めた。結構長いこと一人ぼっちなのでその辺りは察していただきたい。


「さあ、さっさとあのカビ臭いダンジョンを攻略しなさい!私を楽しませるために!」


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おまたせしました!とは言いつつ更新頻度が上がるかは未知数ですがねぇ!


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