54.例のあいつ定期


 結構のんきしていた一行であったが、状況が悪いという点は変わりがない。熱帯雨林はイメージに反し食糧に乏しい。かつて我が軍が南方で飢えに苦しんだ理由の一つでもある。海軍の船団護衛がなんか全然下手くそだったからでは決してない烈風は最強の艦戦震電は無敵ちょばち~たろ~著『坂の上のなんか』にもそう書かれている……ともかく、数日が経過し食糧事情の悪化と先行きの見えなさからステラはフロスダンスを踊っていた。


「イヨッ! イヨッ! イーヨッ!」

「ひょうきんが過ぎるよ!?」


 踊らなきゃやってられないとでも言うのだろうか。しかし、この踊りには何の意味もない。


「それにつけても森の深さよ」


 ウルバンがうんざりとした顔で言う。その言葉通り、密林の密度は濃くなるばかりだ。もう四日も歩いていてまだジャングルの端さえも見えない。一行は野営をしていた。


「食糧の残りが少なくなってきたし、そろそろなんとかしないと」

「そうだね……」


 ウルリーケの言葉にアカネは力なく答えた。これからの見通しが立たない不安感が彼女の心を重くしている。


「こんな時こそフロスダンスですよ! イヨッ! イヨッ!」

「それやめて」


 能天気にもほどがあるステラへのツッコミもどことなく覇気がなかった。


「ううむ、重症のようだな」

「ああ。早いところ打開策を見つけたいものだ」


 何度か木に登って周囲を確認したのだが、辺り一面緑一色で目印のような物は何もなかった。この階層を攻略するにはあまりにもヒントが無く、途方もなく長い時間がかかりそうな予感があった。ジロとウルバン、それからウルリーケが今後について話し合っている。


「持ってきた食糧は残り少ない。肝心の魔物にも遭遇しない」

「うむ。鞄の中にぎっしり詰まったパブロヴァしかない」

「……色々とツッコみたいんだけど、とにかくマズイ状況だね」

「パブロヴァは美味いぞ」

「……いやそうじゃなくて」

「一度食べてみるがよい、軽やかな口当たりだ」

「あのさぁ……」


 パブロヴァはニュージーランドやオーストラリアで親しまれているお菓子であるため中世には存在し得ない……が、材料が比較的簡単に入手できるものが多く技術的には問題なく作れるため、おそらく両国いずれか出身の稀人が広めたのであろう。ホイップクリームは……それも甘味に飢えた稀人が広めたのだろう?


「それ言い出したらもうなんでもありだろ……てかパブロヴァはどうでもいいんだって」


 とにかく、問題はかなり深刻であった。戻るには深く入り過ぎ、進むには手掛かりがなく、そしてこのままだと食糧が足りなくなる。手詰まりに近づいていると言ってよかった。


「どうする」


 ジロの問いにウルバンは唸るばかりだった。


「むうう……みんなでフロスダンスを踊る……」

「それしかないか……」

「あるだろ」


 とはいえ仕方がないので、とりあえずアカネ以外の四人はフロスダンスを踊ることにした。


「踊ることにした。じゃないんだけど」


 だが、そんな一行に這い寄る巨大な影があった。ダンスに熱中しすぎて気が付かなかったのだ。鱗に覆われた巨躯と翼、スケベそうな顔、長い舌。


「失礼諸君、乳首をねぶらせて頂いても?」


 それは紛れもなくこの作品の看板モンスター、乳首ねぶりドラゴンである!


「なんなのもおおおおお! またかよおおおおおおお!!」


 アカネは思わず絶叫した。ジロとウルリーケは素早く武器を引き抜き構える。さぁ、戦いだぁ!


「ねぶるんならその三人のをお好きにどーぞ!」

「うむ! 我輩の乳首は苦いぞ!」


 ステラとウルバンは素早く木の陰に隠れた。こいつら……。


「アカネ、一応確認するが」

「何? あいつに乳首ねぶらせるかどうかの確認なら聞かないよ」

「……」

「答えはノーだよ!!」

「そうか」


 アカネの返答を聞いたジロは上半身の装備を全て外して乳首を晒す。するとドラゴンは当然のようにそれを目で追った。


「ふむ、良く育てられた乳首だ」

「育てた覚えはない」


 ジロの冷静なツッコミを無視し、ドラゴンはその乳首めがけて舌を伸ばした。ウルリーケは素早く移動し、横から銃を構え、舌を撃ち抜いた。


「っ!」


 痛みに怯んだのか、ドラゴンは一瞬動きを止めて飛び上がる。舌には大穴が空いていたが、数秒もするとみるみるのうちに穴が塞がり始めた。


「ふうむ……連弩……いや、何か射出したな、圧力か?」

「おやおや、そんな事までお見通しとは」


 ウルリーケは感心したようにそう言い、二射目、三射目と銃を撃ったが、今度は難なく回避されてしまう。


「私は乳首に精通している、つまり腕の筋肉の動きを見れば次にどこを狙うかなど手に取るようにわかる」

「つまりじゃないんだよ」


 そんなやり取りの間にもドラゴンは高速で飛行しながら狙いを定めていたようだった。アカネも魔術で攻撃を仕掛けるも、やはり素早い動きで避けてしまう。


「銃で当てられないのに魔法でなんて無理だよ」


 一行は天を仰ぐ他に出来ることは何もなかった。そして、ドラゴンは急降下してくると同時に口を開くと舌が飛び出し、地面の泥をすくい上げその塊はウルリーケ目掛けて飛んできたのだ。躱す間も与えずに直撃する。


「ぶべっ」


 全身が泥の塊に覆われてそのまま後ろに吹き飛ばされ、木に激突してしまう。


「なんとか動きを止めなくては」


 そう言ってジロが駆け出すよりも早く、空中から再び飛来してきた舌に絡め取られてしまった。


「ぐっ……!」

「へははうひはははらはほひはへへほらうほ」

「なんて言ってるかわからん」


 そんな中、ステラは再びフロスダンスをしているようだが誰も見ていない、というか見ている暇もない。この一文いる? ともかく、ドラゴンの動きは若干緩慢となり、隙が生まれ始めていた。アカネは魔力を練る。


(魔力はイメージの世界……誘導すれば逃げられないはず!)

「"魔力の誘導弾マジックミサイル"!」


 放たれた数発の光の球は弧を描きながら、乳首ねぶりドラゴンへと殺到していく!


「ほんはほほ、つうほうひはい」


 しかし、光弾の速度が追いついておらず、飛ぶドラゴンの背中をひたすら追い続けている。


「うぐぅぅ、頑張れぇぇぇ……!」


 アカネの叫びには全く応えられないようで、速度は変わらず背中を追い続けていた。


「ダメだ……」

「いや、ダメじゃない」


 泥まみれになったウルリーケが彼女の肩を叩いた。ドワーフの肉体は頑丈なので、彼女はなんとか立ち上がることが出来たようだ。


「こっちに突っ込むよう誘導しろ、アカネ」

「ええっ!? わ、わかった」


 アカネは言われた通り、光弾を操作してドラゴンをこちらに引き寄せる。ウルリーケは銃を構えた。


「なんだっけか、相対速度ってやつだ」


 こちらに向かってくるドラゴンに対しこちらからも銃弾を撃てば避ける間もあるまいと考えた。


「え、ちょっと待っ」


 アカネの耳元で五発の轟音が鳴り響き、弾丸がドラゴンの顔面の鱗と翼を貫いた。さらに一発だけ口内に飛び込み勢いは一切衰えず、上顎を突き抜けて頭部から飛び出たのだ。口から血を噴き出しながら地面に落下し滑り転がっていく。追いかけていた光弾は地面に激突し、消えてなくなった。


「よし」

「耳が〜〜……」


 ウルリーケは再装填を澄ませ、銃を構えたままドラゴンに近付く。まだ息があるようだが、戦意は喪失したらしい。


「ううむ、侮った……」


 そう言うと同時に気絶してしまったのだった。


「ふぅ、なんとかなったな」

「なにか言った?」

「……ごめん、耳元で撃っちゃったな」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

どうでもいい設定

 ある街の滞在

 街に到着。入る前に荷物と人員の量に応じた通行税が取られる。領地によってまちまち。一先ずは宿屋を見つけ、部屋を借りる。馬と馬車も預ける、別途費用がかかるが必要経費。

「どこに行くにも金金金、うんざりですよ全く」

 洗濯屋に洗濯物を預ける。大きな街では石鹸で洗ってくれるが、田舎や貧しい街では発酵した尿を使うか水洗い。一部地域を除き石鹸は高価である。とはいえ近年は生石灰を使う製造法が普及し始めたので尿を使う方法は廃れつつある。

「まぁ、石鹸は石鹸で臭いですけどね、動物の脂肪を使っていますので。それに柔らかいです」

 後は日が傾くまで自由時間。金がなければ冒険者ギルドで依頼を受ける。本や魔導具を市場で漁ったり、旅の物資を買う。昼食は屋台のものを食べる、魔物肉のソーセージを焼いたもの。

「たまには奮発して豚肉のものを食べたいです……みんなケチなんだから」

 公衆浴場、テルマエで身体をさっぱりさせる。特にアカネは頻繁に行きたがる。旧帝国崩壊以後、田舎の方では廃れてしまっているので、こういう時にしか入れない。ジロとウルバンは毛皮の手入れにめちゃくちゃ時間がかかるので、女性陣が待たされる。

「アカネさんに限らず、稀人は病的に綺麗好きだと思います。風呂なんて週一回でも多過ぎるでしょう?」

 用事を済ませると宿屋に戻って夕食。メニューなどはなく宿屋側の決めたものしか食べられない。今晩の献立は蟹の味がする羊の煮物と野菜がクタクタになったスープ、かってぇ黒パンに蜂蜜入り白ワインである。酒が美味いならアカネ以外は文句は言わない。でも今日は当たりの日であった。

「何でしたっけ、バロメッツ? これが実に美味しい……白ワインも甘くて良い……」

 酒が美味いのでダラダラと酒盛りをする。ウルバンは先に部屋に戻ってしまい、ステラは酔っ払い三人の相手をしなくてはならなくなる。ステラは酒に強いので中々酔えない。

「ジロさんは朗らかになって面白いですが、アカネさんは意外とセクハラ的言動が多くて嫌な絡み方です。ウルリーケさんはわけのわからないことをずっとベラベラ喋っています……誰か助けてください!」

 ウルリーケが酔いつぶれると酒宴も終わり。部屋に戻る。部屋割りは基本的に男女で分かれるが、宿屋都合で狭い部屋に押し込まれることもある。そうなると獣人の男性陣は抱き枕にされがち。

「お風呂に入った日のジロさんの抱き心地は最高です……ふあふあ……」



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次回の更新は間隔が結構開く可能性が高いです、ごめんなさい!

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