第3話
清水さんからのお誘いで休日に二人でデパートに行くこととなった。
貯金が溜まったのでSCLを買うことに決めたらしい。ただ、種類が多くて何を買えばいいのか分からなかったため、俺を頼ることにしたそうだ。
連絡先を交換して以降、チャットを通じてよく話すようになった。
彼女の名前は清水 篝(きよみず かがり)。年は俺より2つ下で23歳。趣味は特にないが、好奇心旺盛のため、気になったものはとことん追求するタイプらしい。その他もろもろ、会話を通じて彼女の人柄を知ることができた。
「買い物に付き合っていただき、ありがとうございます」
SCLの購入を終えたところで昼時になったので、俺たちはフードコートで食事をすることにした。買い物に付き合ってくれたお礼ということで、清水さんは俺の分までファストフードを買ってきてくれた。男として奢ってもらうことに躊躇いもあったが、ここは彼女のお言葉に甘えることにした。
「でも良かったのか? 俺のとお揃いで」
購入する際、店員さんの話と俺の話を交互に聞いていた清水さんは、最終的に俺が持っているものと同じものを購入することに決めた。情報を聞きすぎたせいで選択疲れを起こしてしまったのだろう。俺が持っているものなら大丈夫だろうと、それを選んだみたいだ。
「はい。柊さんとお揃いであれば、何かあった際に聞きやすいかなと思ったので」
確かに、同じ機種のものなら聞かれても答えやすい。ちゃんと考えて購入したようだ。
二人して交互にポテトの袋に手を入れて、口へと運んでいく。なんだかお餅つきの合わせみたいで見ていて面白かった。清水さんの頭の上には『2』の数字がついている。今日で会うのは3回目だ。
「柊さん、この後ってまだ時間が空いてたりしますか?」
「別にいいけど。どこか行きたいところでもあるの?」
「さっきここに来るまでにゲームセンターがあったじゃないですか? 久々にレーシングゲームやシューティングゲームをやりたいなって」
「いいね。俺も久々にやってみたい」
「よっしゃ。次の予定も決まったところですし、少しお手洗いに行ってきますね」
「了解」
清水さんは席から立ち上がるとお手洗いマークの書かれた看板の方に向かって歩いていった。ふと机に目をやると、彼女のスマホが置かれていた。お手洗いの際に、スマホを持っていかないのは良好の証と昔メディアで言っていたのを思い出す。清水さんが俺のことをそう思ってくれたことが何だか嬉しかった。
ポテトに手をつけていると気がつけばなくなってしまっていた。清水さんが到着したところですぐにゲームセンターに行けるように中身の入ったドリンク容器以外のゴミはダストボックスに捨てておく。
綺麗になった机を見ながらドリンクを優雅に飲む。しかし、20分ほどが経過しても清水さんは帰ってこなかった。お腹を下しているようには見えなかったし、何かあったのだろうか。俺はスマホを手に取り、彼女に連絡することとした。
不意に、机に置かれた彼女のスマホが視界に入る。
そうだ。スマホは置いていったんだった。連絡手段がないため仕方なくものを全部持って、お手洗いの方へと歩いていく。そこで再び数十分待ったが、彼女の姿は見えなかった。
仕方がない。店員さんに頼んで呼んでもらうとするか。そう思い、一階にある迷子センターへと歩いていった。大の大人を呼ぶのは気が引けたが、連絡手段がないのだから仕方ないだろう。
「あ……」
迷子センターに辿り着くと、清水さんの姿があった。彼女の横を見ると小学低学年くらいの男の子が涙ぐみながら彼女の手を握っていた。どうやら、お手洗いの途中で迷子の子と遭遇したようだ。
「清水さん!」
「柊さん! 何でここに?」
「いつまで経っても帰ってこなかったからアナウンスしてもらおうと思って。その子は?」
「お手洗いから帰ろうとしたら、ひとりぼっちで泣きながら歩いていたのを見つけたんです。聞いたら、お母さんとはぐれちゃったみたいで」
「そうだったのか。じゃあ、ゲームセンターはその子の母親が見つかった後だね」
「はい」
俺と清水さんは、それから彼の母親が来るまで迷子センターで待つことにした。
****
迷子の子を母親に届けた後、俺たちはゲームセンターへと歩いていった。
「それにしても、何で迷子センターに来たんですか? スマホで電話してくれれば良かったのに」
「スマホを机の上に置いていったから電話できなかったんだよ」
俺はそう言って、ポケットに入れていた彼女のスマホを渡した。
「あ……もしかして、結構長い時間探していましたか?」
「30分くらいは探したかな」
「すみません。まさかスマホを持っていないなんて思わなくて。怒ってますか?」
「いや。迷子の子を助けてたんだ。怒る理由はないよ。それにただ心配しただけで、怒りなんて感情は元からなかったし」
「はー、そう思っていただけて良かったです。一人で泣いている子を見たら、手を差し伸べたくなっちゃうんです。私も昔、大きなデパートで迷子になった時があって、あの時はもう家に帰れないんじゃないかってすごく怖かったんですよ。だから、迷子の子の気持ちは痛いほどわかるんです」
「そうだったんだ。迷子になった時は結局どうなったの?」
「私よりちょっと大きいお兄さんが助けてくれたんです。母親が来るまで、私の手をずっと握って一緒に待ってくれていたんです。あの時は嬉しかったな。顔も朧げで、名前も住所も知らない人なんですけどね。でも、また会えたらいいなって思ってます」
彼女は今までに見せたことのない笑みでそう言っていた。いつもの陽気な感じではなく、頬を赤め、切なさと嬉しさが混ざったような笑み。
そこで俺の記憶が疼く。気づけば、足が止まり、徐々に鮮明になっていく朧げな記憶に意識を奪われていく。
前に出た清水さんが後ろを振り向くと、止まった俺を不思議な目で見た。
「どうしたんですか?」
「そのデパートって、もしかして名越市の天音区のシオン?」
「えっと……そうですね。確か」
「何歳くらいの時?」
「えっと……6歳くらいの時ですかね」
そうなると、俺の年齢は8歳くらいか。
朧げだった少女の表情と先ほど清水さんが見せた表情が重なる。大学時代にも彼女の笑みを見て違和感を覚えたが、正体はこれだったのか。
彼女と会った回数は『2』を示している。今日で回数は『3』に変わるだろう。
でも、俺たちが会うのはこれで4回目だ。
「清水さんが言っている人。多分、俺だ」
俺の言葉に清水さんは呆けた表情を見せる。
束の間の沈黙が訪れる。その沈黙を彼女の頬を伝う涙が打ち壊した。
「ああ、そっか……何で気づかなかったんだろう。私、記憶力だけはいいと思ってたのに……」
清水さんは俺の元へと歩み始める。俺は棒立ちで彼女がやってくるのを待っていた。やがて彼女は目の前につくと、俺の手を取り、ギュッと握りしめた。彼女の脈打つ鼓動が俺へと浸透してくる。
「きっとそうだと思います。今、心臓が高鳴っているんです。あの時の温もりに似ている気がします」
手を見つめていた視線は徐々に上を向き始め、俺と顔合わせになる。
涙が流れた満面の笑み。それは迷子の時に見せた笑顔とそっくりだった。
初めて恋心が芽生えた時の笑顔。小学校の頃からずっと好きだった女の子。
『お手伝いマン』とからかわれても、誰かを助けることをやめなかったのは、彼女が見せた笑顔が俺にとっては何よりもかけがえのないものだったから。それをもう1度見ることができた。心が熱を帯び、体全体が温かくなっていくのを感じる。
「また会えましたね。あの時は、ありがとうございました」
「うん。すごく遅れちゃったけど、久しぶり。ずっと君に会いたかった」
何度も顔を合わせてきた俺たちだが、今日初めて念願の再会を果たせた気がした。
【短編】偶然の巡り合わせを逃してはいけない 結城 刹那 @Saikyo-braster7
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