世界一しょうもないゲーム

ナナシリア

世界一しょうもないゲーム

「君はさ、消してしまいたいと思うほど後悔したこと、ある?」


 目の前の、寂しげな月渚るなにそう聞かれて、俺は消してしまいたいほどの過去の数々を思い出した。


「あるさ、いくらでも」


 俺は絞り出すようにそう答えた。


 今はもういない彼女のことを拒絶してしまったあの日。干渉できなかったあの日。もっと何かできたはずのあの日。


 輝かしいあの日々を振り返れば振り返るほど、どこか影を帯びたあの日々の記憶が俺の心をえぐる。


 でも――


「後悔はしてるんだよ。だけど、心のどこかで、消えてほしくないっていう感情もあるんだ」


 あの日々は確かに輝かしく、懐かしく、楽しく――プラスの感情で溢れた最高の日々だったけれど。


 あの日々が最高だったのは、あくまでこれまでの人生の話だ。


 明日。明後日。来週。来月。来年。どこかであの日々を超える"最高"を手に入れるかもしれない。


「あの日々のことを忘れたら、比べられなくなるから。あの日々を超える"最高"をいつ手に入れるかもわからないのに」


 俺があの日々を最高だと思っているのは、あの日々以上のものが存在しないからというわけではなく、まだあの日々以上のものを見つけられてないだけ。


「月渚は何か激しく後悔しているみたいだ」

「うん、大嫌いだよ」

「でもそれも、月渚の人生の、大事な一部分だ」


 だから、その日々をことを消してしまおうなんて考えないでほしいと、俺は月渚にそう言った。


 俺の人生を壊したいと思ったし、自分のことを惨めで無力だと思ったけど、そんな感情になったのも全部彼女がいたからだった。


「俺たちは神様じゃないんだから、挑戦して試して、失敗も成功もなんでも、享受する以外にない」

「でも私、失敗して失って、苦難ばっかり。足掻いても何にもなってないし、不安定だし」

「そりゃそうだ。だって俺たちはまだ子供で、成長途中で、人生だってあと何十年あるのかも分からないほど長い道のりだ」


 俺たちは、途中で辞めたり、簡単に諦めたりできなくて、プレイできるのは一回きりで、しかも超ハードモード。


 そんなクソゲーを生きていくしかない。


 でも、クソゲーだけどきっとどこかに正解があって、明らかに確率は低いけど、どうにかして絶対にクリアできる。


 しかもクリアの基準を自分で決められるというのだから自由度が高いんだか低いんだかよくわからない。


「つまり、何度失敗しても、失っても、足掻く意味もないと思ったとしても、諦めないでよ」

「君だって、クソゲーはプレイしたくないでしょ」


 積極的にクソゲーをプレイしようと思うような俺じゃないけど、俺は結構このゲームが気に入ってきている。


「あの日々を超える"最高"がどこかにあると思うと、心が躍るような感じがするんだよ。いつか絶対見つけ出す、ってね」

「君は異常だよ」

「いや、実際熱中すると意外といいゲームだと思えるようになってきてね。月渚もどうかな」


 月渚が何に失敗して失って後悔して俺に話しかけてきたのかはまだ知らない。


 でも月渚はどこか俺に信頼感を抱いているらしかったから、どうにかして力になりたいと思った。


「君が、私に教えてくれるならやってもいいよ」

「それは構わないから、交換条件が一つだけある」


 俺が知りたくて知りたくてたまらない、月渚のこれまでの全部を示すかのようなそんなこと。


「君が忘れたくて、消してしまいたくて、無しにしたいと思っている、失敗して失った日々を教えてよ」

「そのくらいなら、いいよ」


 そう返事した月渚は、彼女がプレイしてきた世界一しょうもないゲームのこれまでのことを話し始めた。


 俺も、彼女と共に過ごしてきた――いや、プレイしてきた世界一素晴らしくて面白い神ゲーを紹介してやろうか。

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世界一しょうもないゲーム ナナシリア @nanasi20090127

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