キャラが死んだ
雨白
キャラが死んだ
「痛い……痛いよ……」
燃え盛る火の中、瓦礫に押しつぶされた家を見て少女は思う。
どうして私なんだろう。
お父さんとお母さんはどこ?
嫌だ。このまま死にたくない。大丈夫。きっと勇者様が助けに――
ここまで書いた時だった。
後ろでガタンと大きな音がしたので振り返ったら、私の小説のヒロインの幼少期と、同じ姿かたちをした子供がいた。
◇◇◇
「ここ……どこ……?」
そう少女が言う。私はというと、突然の出来事に脳の理解が追い付かず口を開けて呆然としていた。今の私はさぞかし滑稽だろう。傍目から見て小説の材料として使ってみたい。
「!も、もしかして勇者様ですか!?お願い!お父さんとお母さんに会わせてほしいの!」
「えっ、いや違っ」
そこまで言って少女の顔が一気に曇る。慌てて「ゆ、勇者!だよ……」と言うと、少女の顔に笑顔が戻った。
「すごい!すごーい!今のって転移魔法?お父さんとお母さんにも会えるんだよね!」
「そ、そうだよ。もちろん……」
少女はピョンピョンとはねて喜んでいる。あぁ、これだから嫌なんだ。こんな状況にも関わらず、すらすらと嘘が口から出てくる。
◇◇◇
少女に話を聞くと、彼女の名前はサラらしい。私の書いている小説のヒロインの名前と同じだった。恰好は今は少し燃えてみすぼらしくなっているが、白のワンピース。それに金髪のショートヘア。これも私が設定したものと同じ。他にも住んでいる地域や、世界について聞いてみたが、全て当たっていた。私が今書いている小説は、まだ未発表の状態だ。この作品の中の登場人物でもない限り当てようがない。
サラが部屋をうろうろして何か物を壊しそうなので、テレビを見せてみることにした。
「?何するの勇者様ー」
(ここでサラが言うセリフは『箱がしゃべった!』だろうな)
「箱がしゃべった!」
キャラクターの行動理念、何か事象が起きたことに言うセリフは全て私の頭の中にある。何かニュースを見るたびに、散歩している時に何かを見かけるたびに、このキャラクターならこう考えるだろうかと思うことを日課としていたからか、サラが考えることが手に取るようにわかる。
ここで机に向かって今の奇妙な状況について考える。なんだこれは?疲れすぎて幻覚でも見えたのだろうか。……だが、
サラがいる方へ手を伸ばす。
(『わっ!びっくりしたー。どうしたの勇者様?』だろ)
「わっ!びっくりしたー。どうしたの勇者様?」
「……いや、なんでもない」
こうして触れることができる。確かにサラの実体がここにある。ますます気味が悪い。実は夢の中だったりしないだろうか。そう思い、自分の頭を机に思いきり叩き付ける。
ゴンッ
鈍い音と、サラの「ゆ、勇者様!?」という声が聞こえる。普通に痛い。夢でもないらしい。
◇◇◇
その日から、私とサラの奇妙な共同生活が始まった。サラにテレビを見せ、おとなしくしている間に私は小説を書く。時々、「そろそろ帰りたい……」と言うが、「今はまだ魔物がいて危ないから」の一点で突き通す。私だって解決方法が分からないのだから仕方がない。
ヒロインが室内にいる環境は異様ではあったが、小説執筆の観点では役立った。勇者に対する敬語の使い方、物事の考え方。幼少期ではあるが、作品作りに問題はない。……まぁ、成長したサラが幼少期並みの知能なのだから仕方がない。いや、何を考えているんだ私は。決めたことだ。もう後がない。私はこの作品で必ずデビューしないといけない。なんとしてでも諦めたくな――
プルルルル
電話が鳴った。番号を見るとあの人だった。息が詰まる。
「だ、大丈夫?勇者様」
そう言うサラに静かにのサインを送ると、私は電話に出た。
「は、はい。もしもし……」
「いやープロット見ましたよーあの送られてきたやつ」
「!あ、ありがとうございます。それで会議は――」
「通らなかったよ」
「……え?」
目の前が真っ暗になる。呼吸が荒くなるのを感じる。
「いやーもうちょっとヒロインがまだ有能すぎてねぇ」
「じゅ、十分無能にしたじゃありませんか。知能は幼稚園児並みで、勇者様すごいとしか言えなくて」
「それでもねぇ、最後にヒロインと協力して魔物を倒すシーンあるでしょ?しかも主人公が助けられる形で。主人公はもっと最強でなくちゃあ」
「で、でも、最後に戦う魔物はサラの集落を襲った魔物です!最後にサラが打ち倒すことで復讐が達成されるのと、サラの成長が――」
「そう言うの良いから、今度は面白いプロット持ってきてね。もちろん主人公は最強で」
ブツッ
待っての言葉も出ないまま、電話は一方的に切られた。またダメだった。何がいけなかった?
「ゆ、勇者様?」
もっとサラを馬鹿にすればいいのか?
「今のは一体――」
本当はもっとクールでかっこいいヒロインが書きたかった。髪も白髪が良かった。
極限まで知能を下げた。主人公の頭の良さを際立たせるために。
とことん読者に媚びたキャラクターにした。悲しい過去を背負わせて、主人公のことをろくに知りもしないくせに異常に好きになるキャラクターだ。
これ以上どうすればいい?これ以上やったら、それはもう人とは言えな――
「そっか」
簡単なことだった。きっとこのためにサラは来た。
怯えた目でサラが私のことを見る。奴隷商でサラを買った主人公はこんな気持ちかぁ。きっと小説に使える。
「や、やめっ」
キャラが私の頭の中で生きているからこんなことになるんだ。君たちが状況を置いたら勝手にしゃべって動き出すから。
「ゆ、勇者様っ……」
だから最初のプロットからどんどん外れていく。読者が、編集が求めている作品じゃなくなっていく。
勝手に動くな。しゃべるな。読者が求めるままに動け。主人公を際立たせるための舞台装置として。
◇◇◇
首を絞めていたら、サラはいつの間にかいなくなっていた。ついでに私は、サラがどんなことを考えていたのかもう分らなくなった。テレビに映るニュースを見ても、サラの感情がまるでわいてこない。
「……書かなきゃ」
今なら書けるはずだ。読者の理想の物語。
『今はこういう作風は受けないよお。もっと主人公は強くないと。あとヒロインは馬鹿で弱くしてね』
『……なに?そういうの、書きたくない?』
あの時の返答が違えば、何かが変わっていただろうか。
『い、いえ!私もそういうのはもともと書きたいと思っていたので……!』
まぁ、今となってはどうでもいいか。
キャラが死んだ 雨白 @amesira
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