第26話 波乱の夜
俺たちは結局、その日の夜宿に泊まることにした。
俺の身体がまだ満足に動かなかったことと、イリアとバハムが半ば喧嘩状態になってしまい、今後の方針が決まらなかったためだ。
一晩、寝て頭を冷やそうということだ。
宿の部屋にあるベッドは二つ。
一つは俺が使い、もう一つはバハムが使っている。
聖女イリアは、他に寝泊まりする場所の当てがあるということでどこかに行ってしまった。
つまりは、ここにいるのはバハム・スライバーンと二人きり。
「………………」
眠れず隣を見る。
そこにはバハムが寝ている。
目を閉じてあどけなく寝るその姿は幼い女の子にしか見えない。
彼女も俺と同様に負傷をしていた。
静かに瞼を閉じているが時折、苦しそうに身震いをしている。
「…………なにか、薬とかはないのか?」
【バハム・スライバーン レベル:81 状態:やけど 対処法:マンドラゴラの軟膏を幹部へ塗る】
魔眼に俺に治療方法を教えてくれる。
俺が治癒魔法を使えればいいのだが、どうやら悪ノ皇帝らしくそんな優しいものは使えないらしい。
ただ単に薬草の知識だけを教えてくれる。
これではまるで医者か薬師だ。
「ここは宿だろう? 薬程度のものはどこかにあるんじゃないのか?」
バハムが気になってどうしても眠れないので俺は身を起して宿の部屋を漁る。
ベッドの横の収納棚、鏡の前にある机。引き出しという引き出しを引いてまわり薬箱的なものがないか探す。
「旅行者のために大抵救急セットみたいなやつは用意しておくものだけど……ないなぁ……」
だいぶ探したところでふと気が付く。
「そっか。ここは普通に日本じゃないからそんなサービスが行き届いているわけがないのか。中世ヨーロッパ的な剣と魔法の世界っぽいし、そんなところにまで気を使ってるわけないか……日本のホテルだったら飲み物も生活用品も常備しているものだけど、ここは日本レベルに治安がいいわけがないしそんなのそろえているわけがないものな……だったらこまったマンドラゴラの軟膏なんてどこで手に入るんだよ……」
俺は独り言をブツブツと呟きながら、これからしなければいけないことを頭の中で整理する。
「……薬屋か? そんなものあるのか? 俺はこの街どころか、世界の知識すらないんだぞ……この世界の文化レベルは普通に薬を市販しているレベルまで達しているのか?」
どうしたものかと、ふと視線を鏡にやる。
何の気なしに見た。ただそれだけの行動だった。
そこに映っていた。
———赤い眼光と爪を輝かせ、俺に飛び掛かって来るバハムの姿が。
「うわああああああああああああああああああああああああああああ‼」
ザス—――――――――――ッ!
大声を上げて思わず跳んで避けると、俺の代わりに近くにあった椅子が犠牲になった。
引き裂かれたあと、バラバラに砕け散った椅子の破片を踏み———砕き、バハムは再び俺に攻撃しようと牙をむき出しに、ナイフのように長く鋭い爪を向ける。
「ま、待て! どうしたんだバハム! どうして突然俺を襲い始めるんだ⁉」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼‼」
バハムは俺の言葉を聞こうとせずに、爪で斬りかかって来る。
俺はそれを必死でよけ続けることしかできない。
ベッドが、壁が、次々と鋭利なその爪で引き裂かれていく。
「ま、待てって言ってるだろ‼」
俺は手を前に突き出した。
壁際に追い詰められ、これ以上逃げられるわけがないと判断したこと。そしてバハムを攻撃はしたくないがなんと押し留め、押さえつけたいと思っての行動だった。
そのマヌケに突き出した両手の平は、バハムの横腹に当たった。
「うぐ――――ッ⁉」
そこは偶々はバハムが負傷している右腹部で、彼女は顔をクシャリと歪めて飛びのいた。
そして「ウウゥ……」と呻いて右腹を押さえる。
「だ、大丈夫か⁉ 怪我をしているのに激しい運動をするから! 安静にしていろ!」
俺が言えた義理ではないが。
先ほどまでは必死に避けていたせいで、忘れていたが俺だって大けがをしている。全身が痛む。もう一度バハムが襲い掛かってきたら避けられる自信がない。
「安静に……寝ていろだと……寝言を言うな!」
吐き捨てるように言い放つバハム。
その態度は先ほどまでの彼女と全く違う。
人格が変わってしまったのか疑うほど。
「バハム……もしかして君は操られているのか?」
【魔眼】で彼女のステータスを確認する。
【バハム・スライバーン 種族:竜人族 年齢:1024 体調:怪我
精神:怒り レベル:81 パワー:600 マジック:650 スピード:500】
いや、違う。
———バハムは操られてはいない。
『怪我』も『怒り』も見ればわかる。それは彼女の表層に現れている。わざわざ【魔眼】を使うまでもない。
【魔眼】を使って見かけではわからない彼女の異常を見抜こうとしたが、発見できなかった。
つまりは、彼女は操られているわけではない。
なら、一体どうして……彼女は俺に牙をむいているんだ?
「操られている? おかしなことをいうな。操られているのは、偽物はそっちだろう!」
痛む腹を押さえながらも、バハムはキッと俺を睨みつける。
「———イルロンド様はお前のような口調じゃない。お前の性格は以前のイルロンド様とは似ても似つかない‼ イルロンド様はそんなことは言わない!」
悪ノ皇帝転生。平和が一番なので敵の聖女様にすぐに負けようとしたが、何かあっちがこっちに寝返ってる。 あおき りゅうま @hardness10
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