第25話 喧嘩

「神を倒してサルガッソを制圧する……? 貴様、本気かぁ?」


 イリアの言葉にバハムが眉を潜めて問う。


「本気———敵の懐に入り込んだ上、重荷・・もなくなった。だから今が好機」

「重荷———?」


 ピクンとバハムの耳が動く。


「聖女よ。貴様、重荷———そう言ったな。重荷とは一体何のことだ? 何のつもりで重荷などという言葉を使った?」

「……帝国軍の事。あの人たちを重荷だとそう言った」


 ガ—―――ッ‼


 瞬間、バハムが聖女の胸倉をつかむ。


「貴様———散っていった余の部下たちを愚弄するか! 勇敢に神に挑んでいった我が英霊たちを、重荷だと⁉ バカにするのもいい加減にせんか!」

「……あのたちは、無駄死にだった」


 思いっきり———聖女は殴り飛ばされた。

 拳を、頬に受けて。

 聖女の言葉は、決して言ってはいけない一言だった。

 そんな言葉を聞かされれば誰だって当然逆上する。

 死んだ人間に唾を吐くような行為だ。

 俺は眉を潜めてことの成り行きを見守ろうとしたが、倒れる聖女にバハムは馬乗りになって殴りだす。


「貴様にわかるのか⁉ 我ら魔族がどんな気持ちでこの戦いに参加しているのか! 外見が醜いというだけで差別されたものもおる! 牙や爪が恐ろしいと人里に近づけなかったものもおる! そんな奴らが群れているだけで何か企んでいるのではないかと焼き討ちにあった奴もおる! 余の配下の〝竜〟ですら〝そう〟なのだ! 挙句の果てには原因不明の〝魔力枯れ〟を全て我々の仕業にして、そんないわれのない理由で魔族をこの世から駆逐しようとしている! 神は———人間は————!」


 マウントをとっての拳の連打。

 それをガードもせずにイリアは受け続ける。

 唇の端から血が流れていることも構わず、イリアはただされるがまま受け続ける。


「ちょ、まっ———!」


 流石にやりすぎだと俺はバハムを後ろから羽交い絞めにしてイリアから引っぺがす。


「落ち着け! イリアも悪いけど、これ以上やったら死んでしまう!」

「死んでしまえ‼ 魔族を大切にしない聖女など、死んで当然だ!」


 バハムはイリアから馬乗りの状態を解除されても怒りさめやらず、その横っ腹に蹴りをかました。


「ウ—―――ッ‼」

「バハム⁉ なんてことを……仮にも俺たちは聖女に助けられたんだろう⁉」


 バハムをベッドに投げ飛ばし、無理やり聖女から距離を取らせる。


「もうこれ以上は見過ごせない……こんな場所で俺達が争って何になると言うんだ!」

「聖女を殺せます! 皇帝陛下イルロンド様! そいつは所詮敵です! 神の尖兵です! ならば殺してしまった方が魔族のためです!」

「殺すとか殺されるとか、そんなのもういいじゃないか! 平和に話し合いで解決しようとかそういう神経はないのか⁉ 武力が必要な時と場合はちゃんと考えろよ!」

「————イルロンド様! 聖女の肩を持つんですか……もしや……イルロンド様は聖女に……!」


 愕然と目を見開いて、バハムが顔を伏せる。


「………大丈夫か? イリア」

 

 バハムはおとなしくなった。

 とにかく今は聖女の手当てが先だと彼女に触れる。


「大丈夫……聖女には〝神の加護〟で回復能力がある。だから、このくらいの傷はなんてことはない……」


 イリアはボコボコにされていても綺麗だった。

 唇から、額からも血が流れているが、腫れているところはなく、骨も曲っていない。

 それがバハムが手加減していたのか、それともイリアが聖女故に頑丈なのかはわからない。

 だが、彼女の言葉通り【魔眼】の力を使ってステータスを見てみると【HP】の値はみるみる数値が上がっていった。


「悪い……もっと早くに止めてあげられなくて」

「いい。これは誰も悪くない……」


 いや、君の無神経な発言が流石に悪いと、俺でも思うが。

 ちょっと彼女は協調性に難があるのかもしれない。


「いや、だけど、戦争で死んだ人を無駄だなんて言っちゃダメだと思うぞ……あのリザードマンたちだって死にたくて死んだわけじゃないんだから。必要に駆られて兵士になってしまった人たちなんだから……戦わなくて良かったんなら、戦わなかった人たちなんだから」 

 

 いつでも、戦争をするのは権力者の都合で、実際に血を流している兵士は身分が低い人間なのだ。

 戦わないと明日の食い扶持も稼げないような弱い人たちが最前線に出て兵士になることが多い。いわば彼らは悪くなくて、被害者のような存在だ。

 その点だけは聖女に訂正させたかったが、聖女は唇の血をぬぐって言う。


「それでも、お金も力もなかったとしても———戦場に出ることはない。こんな戦場に出ることはない———出ても聖女わたしみたいな存在に虫けらのように踏みつぶされるだけの戦場に出ることはない。どんなに彼らが頑張ろうと、命を賭けようともその死はただの〝1〟という数字にしかならない……!」


 聖女が窓の外にある、遠くのリザードマンの晒されている首を見つめる。


「あの首一つ一つを見て———誰が戦争をやめようと思うの?」


 静かに涙を流す聖女の言葉に、俺は反論できる言葉を持たなかった。

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