第24話 敗北、そして……。

「ん……ウゥ……!」


 意識が覚めると全身に激痛を感じた。

 ビリビリとした全身の筋肉を斬りつけられているような痛み。


「ここは……?」


 体をゆっくりと起こすと、薄汚れた宿屋の一室にいた。


「おお! イルロンド様、ようやく気が付かれたか!」


 俺の手を握る者がいる。


「君は……バハム?」


 緑色の角を生やした竜族の幼女。


「その通り! 余こそが天竜将軍バハム・スライバーンである! ってイルロンド様、どうして改めて余の名前を呼ぶのじゃ?」

「い、いや……」


 彼女のことを知って間もないから、一々確認のために呼ばないとあっているかどうか不安になるから。

 そんな気持ちを感じさせまいと、おくびにも出さずに俺は自分がいる部屋を見渡す。


「それよりも……どうして俺たちはこんなところに? 戦っていたんじゃないのか?」


 俺の最後の記憶は神と対峙し、【魔眼】の力を使って神、アテナイを殺そうとしていた場面だ。

 彼女に【魔眼】の破壊の力を使って……そして———。


「残念ながら、イルロンド様……我々は敗北しました」

「敗北———⁉」


 うつむきながら、バハムが続ける。


「イルロンド様の【魔眼】の力は神の盾により跳ね返され、イルロンド様自身が爆破。我々竜迅軍はイルロンド様が倒れられたことで一気に戦況が混乱。公国軍に各個撃破されていきましたが、何とかイルロンド様の御身は守ろうと奮戦し———彼らのおかげで我々だけでも逃げおおせることができました」

「逃げた? じゃあここは? 何処に逃げたって言うんだ?」

「…………」


 バハムが窓の外を見る。 

 石畳と木組みの家が並ぶ街並み————遠くには城壁が見える。

 トカゲの首の串刺しが———ずらりと並ぶ城壁が。


「まさか————!」


 息を飲む。


「その通りです、イルロンド様。ここは敵地のど真ん中、サルガッソの中でございます」


 俺たちが攻めようとしていたサルガッソ。その中にいて、城壁に竜の首が晒されている。


「俺達は、負けたのか……?」


 あれは、竜迅軍りゅうじんぐんの兵士たちだ。

 俺を、悪ノ皇帝を慕い、ついて来てくれていた魔族のドラゴン部隊。それが今は無残に生首を晒されている。


「そう、申し上げました。我が竜の軍勢は———全滅しました」

「く、くっそおおおお—————‼」


 味方に多大な犠牲を出したことに対する無力感から怒りがこみあげて拳をベッドに叩きつける。

 が、バハムが慌てた様子で唇に人差し指を当てて、俺の拳に手を乗せる。


「い、イルロンド様……押さえてください……我々はここに逃げ隠れているのです。怪しい様子があれば敵の神と聖女に見つかるやも……」

「そ、そうなのか……」


 敵地のど真ん中にいると聞かされておきながら、軽率に声を荒げた自分を恥じる。


「それにしても、よくあの状況から逃げられたな……バハムだって負傷をしていただろう?」


 彼女は巨竜に変身していた状態ではあったが、火ノ天使ウリエルの一撃を受けて横腹に焼けた穴が開くほどの重傷を負っていたはずだ。

 あの城壁の上では———今は部下の死体が飾られてしまっているあの場所にバハムがいた時には、全く動けそうにないほどの重症に見えた。

 そんな心配をバハムは不要とばかりに胸を張り、服をめくった。


「ご心配いただけて感謝の極み! ですがご安心あれ! 最強で唯一の存在であるこのバハムートは自己回復能力を備えております故、もう負傷が治りかけております!」


 彼女のローブのようなひらひらとした衣装がぺろりとめくれ、包帯が巻かれた右腹部を見せつける。

 血がにじんだ白布の下でわからないが、元気そうに動く様子から見ると、言葉通り本当に治りかけているのかもしれない。


「そうか、竜って頑丈なんだな」

「ええ……だいぶ数を減らされましたが……」


 城壁の上を見つめバハムが歯をギリリと鳴らす。


「ごめん……」

「ごめん……ですか……」


 謝って済む問題じゃあない。

 俺の指示が、指揮が誤ったからこの結果になったのだ。

 部下を失ったバハムに対しては謝っても謝り切れない。

 だけど、いつまでも暗くなってはいられない。


「バハム。君の腹の包帯……それは君自身がやったのか?」

「…………ッ」


 バハムはそのことには触れられたくなかったと言いたげに瞳を逸らした。


「それにここまで連れてきてくれたのはわかったけど……どうやって魔族の君が見つからないように……」


 神のぐさ。聖女から聞いたアルトナ公国の情報を鑑みるにどうやっても竜人であるバハムが一人で気絶していた俺を連れてこられたとは思えない。


「それは……私がここまで連れてきたから」


 その疑問に答えるかの如く———ガチャリと扉を開く音がした。


「イリア……君も無事だったのか……」


 扉の向こうに立っていたのは、聖女・イリアだった。


「うん……おかげで、フレイを逃がしてしまったけど……あなたたちを助けるのに必死で」


 チクリと刺すような言葉を吐き、バハムが彼女を睨みつける。


「そうか……ありがとう、イリア。ここに連れてきてくれたということは、君にとって此のサルガッソという街は馴染みがあるのか?」

「何度か。公国の中で二番目に大きな都市だから聖女としての巡行の旅で立ち寄った。だから地理は詳しいつもり」

「そうか。それは心強い。これからの〝脱出〟に———君の知識は役に立つ」

「脱出……?」


 聖女の雰囲気が変わった。

 声色が低くなり、その目も睨みつけるようなものに変わる。


「イリア?」

「これからすべきことは……脱出じゃ……ない。解放……神様を倒してこの街を、解放する、こと……」


 イリアのその目にはゆるぎない意志が宿っていた。

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