短編

@ushio

傘がいらない街

 仕事帰りに直撃した台風のせいで見事に使い物にならなくなったビニール傘。あちらこちらに折れ曲がっている骨組みを力づくで折りたたみ、何とかネームバンドで留めてそれっぽい形にまとめる。

帰宅途中、街路樹の間に設置されていたゴミ捨て場には、同じようにして捨てられたであろうボロボロのビニール傘が既に5、6本捨てられていたので俺がここで1本追加したところで特に問題はないだろう。

一応、周りに人気がないことを確認したうえで不格好にまとめたビニール傘をカゴに投げ入れた。

自宅周辺の決められたゴミ捨て場で捨てることが正しいことだとは分かってはいるが、明日の朝は金曜日でうちの地域は不燃物回収の日ではないし、一度家に持ち帰ってしまうと「ビニール傘をゴミに出す」という行為がひどく億劫になってしまうのだ。


 職場を出てすぐは荒れ狂うようだった台風も自宅の最寄り駅に到着するまでの間に北へ移動したらしい。

「今年の夏は台風がないなと思ってた矢先にこれだもんな…」

 ため息をつきながら自宅であるアパートの前に着くと、アパート前のゴミ捨て場に人影がある。見覚えのあるその人影に俺はさらに深くため息をついた。


「あら、遅いお帰りですねえ。さっきまでひどい台風だったけれど、岡崎さん大丈夫だった?」

にこやかに声をかけてきたその人は、アパートの大家である静江さんだった。

一見優しそうに見える小柄なおばあちゃんだが侮るなかれ。もうすぐ日付が変わろうかという時分に70代後半の女性がゴミ捨て場で何をしているかというと、所謂「監視」が目的である。

「ええ…。駅に着いた時にはちょうど雨も止んでまして。…静江さんはこんな夜遅くまでお掃除ですか?」

「そうよぉ。今日みたいな日の夜は壊れた傘を適当に捨てていく人たちがいるでしょう?困るのよねえ。ゴミ回収のルールは守ってもらわないと!誰が片付けていると思ってるのかしらね、まったく!さっきも通りすがりの若い女の子がね、穴が開いて壊れた傘を投げ入れてきて怒ったところだったのよお。……あら?岡崎さんは傘、持っていないのかしら?」

訝しげに眉根を寄せた静江さんの目がキラッと光った気がして、乾いた笑いが漏れる。

「はは…そうなんですよ。会社を出た直後に暴風であっという間に飛ばされていってしまって…。こっちに着いたら雨も風も止んでたので助かりました。静江さん、夜も遅いし…最近何かと物騒なのもありますし、今日はここまでにしましょう。ね。」

あらそうなの。大変だったわね。なんて、会話を続けようとする静江さんをなんとか説得しアパートの101号室まで送り届け、所々に水たまりをつくっている外階段を滑らないように気を使いながら登り、自室である203号室にやっと辿り着いたころにはかなり疲れ切っていた。


 玄関に入って靴と靴下を脱ぐ。左手にある脱衣所兼洗濯機置き場から大きめのタオルを取り出し足とカバンを軽く拭いてから、ぐっしょりと濡れた靴の中敷きを取り出してそこに適当に丸めたキッチンペーパーを2、3個靴の中に入れ込む。中敷きは丸ハンガーの洗濯ピンチに挟んで干しおく。どんなに疲れていてもこれをしておかないと明日の朝またひんやりと濡れた靴を履くことになるのだ。


 湯に浸かる習慣があるはずもない男の一人暮らしなので、いつも通りシャワーで軽く済ませ、ようやくソファに腰を落ち着けることができた。

とりあえずで着けたテレビではニュースが流れている。今日の出来事やどこかの国の紛争、俳優の熱愛報道、政治の話題とか。それらを真剣に観るでもなく、スマートフォンを見る。スマホを購入したときからデフォルトでインストールされていたアプリの天気予報によると、来週にまた大型の台風が来るようだった。


 休みの日ならまだしも、平日の台風は仕事に影響が出て困るんだよな。いっそ隕石が降ってくれたら外出自粛になるのになあ。と、天井を仰いだ時。テレビから耳を疑うような言葉が聞こえてきた。

『特集!雨が降らない街!昨年末に再開発により新たに誕生した「未来都市エリア」巨大な透明のドームに囲まれたこの街の魅力をお届けします!』

「雨が降らない街……?」

脳が理解するよりも前に、レポーターがどんどん説明をしながら「未来都市エリア」と呼ばれる街を歩いていく。

『みてください!こちらがドームの壁です。このドームの中が「未来都市エリア」なんですが、この巨大ドームはなんと厚さ100m、高さ約1000m、広さ約60㎞もあるとのことなんです!本日は市長にもお話を伺ってみたいと思います!』

『市長の川口雅也です。「未来都市エリア」は現在人口約30万人程なのですが、毎月多くの移住希望者からお問い合わせをいただいてまして、申し訳ないことにすべての方にすぐに移住していただくことができない状況です。今は抽選でのご案内となっていまして……』

「ドームに覆われているから、「雨が降らない」ってことか…?」

突拍子もない話に頭が追い付かない。夢だと言われた方が納得できるような内容に、なんとも言えない気持ちになった。

「…はは、そんなことに税金使って国は何がしたいんだろうな…」

ソファに深く沈み込んでいく感覚と重たい瞼が夢の中へ誘おうとしている。こんなところで寝ては後が大変だということはアラサーのこの身体が一番分かっていることだが、この微睡みから抜け出せる術があるならぜひ教えてもらいたいもんだ―。



『では、インタビュー………おもいます!…………さんはいつから……なんですか?』

『私は………住んでいまして…再開発の際に一度隣の市に……………で、……………戻ってきました。』

『そうだったんですね。なぜ………………か?』

『再開発といっても、………………………………、………………………ほとんど………………ですし、周りも戻る人が………。ドームに………………貯水池が………、その付近の方々は影響が………………。住み慣れた………ないかと………………、全然そんなこと………寧ろ……』


『桑原さんは、こちらに住んでみて………?』

『もう本当に快適ですよ!僕は………………、雨の日は荷物が濡れないように配達………そりゃあ大変で!この………………………も降らないし雪も………………からまじで助かってます!プライベートでも、………………って言われるくらいだったんですけど、………………………………ないですしね!』

『確かに配達員さんなど外で………………とっては…………気にしなくていいのは助かりますね!………………パークや巨大………………モールの開発も………とのことなので、………………もレジャーも………………出ずに簡潔することが……………………………………………………………………………………………』


『明日の特集は「あられや隕石を防ぐ耐久傘」です!大粒のあられや隕石の欠片が降る日は外出が億劫ですよね。そんな悩みを軽減する、最新式の傘が登場しました!』



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