第18話 花糸と空世

 学校を出た私たちは近所のスーパーまでやってきた。


「牛乳、ベーコン、バター……今夜のメニューは何?」


「フフ、当ててみて」


「シチュー?」


「ブッブー! 正解はカルボナーラでした」


 そう話す彼女は一番安い牛乳を2本買い物かごに入れた。会計前にも関わらずカゴ内の商品は無駄なくキレイに並べられている、彼女の生活力の高さが滲み出てる。

 一方で私の頭の中は青井さんの言葉を何度もリピートしてる。


 自分の内面と向き合え、って。


 そう簡単にできれば悩んだりしない。

 青井さんは強い人だから簡単に言えるんだ。一人で生活できて、先輩にも怖気ついたりしないし、絶望的に向いてない分野にも全力で取り組めて……

 私みたいなザコと比べて彼女は超人そのものだよ。


「ウジウジしない。顔に出てるよ」


「え」


「さっき学校で私が言ってたこと、権田さん一人にさせるつもりないから。私も一緒に向き合う、短い間だけど相棒ペアだからね」


「青井さん……あ、ありがとう」


 そんなことできるわけないじゃん。

 家族ですら私の悩みに気づかないのに、赤の他人の青井さんが一緒に向き合えるわけない。どうせ……


 どうせ、私という下の存在がいるから悦に浸ってるだけでしょ。


 あぁ、まただよ。

 また最低なことを考えちゃった、私。

 自分でもわかってる……本当は何も持ってない自分が嫌なだけ。他人を下げずにはいられないし、自分を保ってられないんだ。


「あーれ? ケイトじゃん」


 突如、私たちの背後から青井さんを呼ぶ声が聞こえた。

 しかも何となく声色の雰囲気が青井さんと似てる。


 振り向くと、ジーンズと細長い美脚が魅力的な長髪の女性がこちらに向かって近づいてくる。

 

「ウツセ……」


「うつせ?」


「フッ、1ヶ月でもう呼び捨て? 、でしょ」


 姉と名乗るウツセさんの顔は、双子と疑うほど青井さんとよく似てる。

 青井さんは年齢とショートボブの髪型で中性的な印象を持たれるが、ウツセさんは長髪と首筋のホクロのおかげで如何にも妖艶な美女って雰囲気だ。

 10年後の青井さんはウツセさんみたいになってそう。


「アナタ、ケイトのお友達?」


「は、はい!」


「ウチの妹がお世話になってます! コイツのカルボナーラ美味いんだよ」


「は、はぁ……」


「ウチの友達と会話しないで……何でここにいんの?」


 青井さんはさりげなく私を庇うように背後へ移動させた、自分の姉なのにその扱いはまるで猛獣のようだ。

 ウツセさんは慣れてるのか、その振る舞いを見て小さく笑った。


「相変わらずね、そんなに私のことが嫌いなんだ」


「それはウツセもでしょ」


「私が教えてあげた料理、ちゃんと作れてんの? 私が──」


「ウツセが居なくても私は一人でやれてる」


「さすがは私の妹、そう来なくちゃ! まあ、今回は別に会いに来たわけじゃないよ。仕事の出張でたまたまこの辺に来てさ、メシでも買おっかなと思ったら遭遇しちゃった」


「そ、どこで泊まってるの?」


「駅近くのホテル」


 それを聞いた青井さんはますます苛立ちを隠さなくなった。

 たしか、青井さんは姉が自分を嫌ってるって言ってたけど、全然そういうふうには見えない。

 この二人、本当はお互いのことをどう思ってるんだろう。


「あっっそう! わざわざお金出してまでホテル泊まりかよ、そこまで私のとこが嫌なわけね」

 

「ハハハ! ……うん。ケイトもその方がいいんでしょ?」


「ッチ。 もういい、だったら今すぐ目の前から消えてやるから」


「フフ、そうしな。一緒に居て良いことねぇから」


 姉を思いっきり睨んだ青井さんは飲料コーナーから離れた。

 私もすぐに追いかけようとしたその時、ウツセさんは柔らかい口調で話しかけてきた。


「アナタ、お名前は?」


「ご、権田ヒカリ、です」


「権田ちゃんね……気まずいとこ見せちゃってごめんね! あの子、よろしくね」


「あ、あの……」


「ん?」


 他人の家庭に首を突っ込むべきじゃない、それはわかっているが自分の好奇心には勝てなかった。

 気になるあの質問をぶつけてみた。


「青井さん、あ、ケイトさんのこと……本当に嫌ってます?」


「ハハハ! 嫌ってるわけないでしょ! あの子のことは心から愛してる、世界で一番ね」


「え!? そうなんですか!?」


「まあ、色々あってさ、ケイトは私のそばに居ない方が幸せなんだよ。そのためなら嫌われてもいい、私はいつだってあの子の幸せだけを願ってるんだから」


 そう話すウツセさんの表情には一切の迷いがない、こうなる現状をとっくに受け入れてるんだ。

 やっぱり姉妹だけあってこの二人の芯は同じだ。


「嫌いって拒絶されて……イヤじゃないんですか?」


「イヤだけど、案外受け止められるよ。私はさ、あの子の育ての親みたいなもんだけど……子供が良い子ちゃんじゃないからって愛は無くならない、生意気でも案外かわいいんだよ」


「そういうもんですね……」


「あぁ、そういうもん。だからさ、ケイトには黙ってて……今日偶然会った青井ウツセは妹の青井ケイトを嫌っている、そういうことにしといてくれ」










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