第17話 黄金の輝き

 青井さんの家でお泊まりした翌日の放課後、私はクラスと部活の色んな人に話を聞くことにした。

 だって、テーマの「色彩」の概念もイメージ範囲も広すぎる。

 課題が難しいと感じた私は思いついたのです。


 自分で決められないならみんなの意見を聞いてまとめよう、そうすればきっと文句をつけられないはず。みんなの実際の意見なんだから間違いじゃないしね。


 そうと決まればさっそく行動した。

 最初は同クラスの知り合って間もない女子に話を聞いてみた。

 「色彩と言ったら何を思い浮かぶのか」、この問いに対して「クレーンゲームの景品」や「クレープのトッピング」、「チャットのスタンプ」といった身近なものを想像させる答えが返ってきた。


 次のターゲットは担任の喜多川きたがわ先生。

 質問を聞いたボサボサ頭の喜多川先生は持っていたペンを口に当てながら考え込む。しばらくすると先生は何かを思いついたのか、小さく微笑んで答えてくれた。

 喜多川先生にとっての色彩は人類が歩んできた歴史そのものだと答えた、知れば知るほど奥が深くなるし考察の可能性も広がっていく分野だと。彼曰く、歴史とは未来を知るために過去を辿る学問、まさに歴史担当の教師の模範回答だ。


 芸術家っていつも難しそうなことを言ってるイメージだけど、何となくその原因がわかった。一つのテーマに対して何度も何度も自問自答を繰り返していくのに、メディアに載るのは思考の結末だけでそこに至るための過程は全て無視される、だから難しいことを言ってるように見えるんだ。


 その後部室に向かうと、青井さんと篠原さんは運悪く先生と遭遇したらしく、今は別棟で授業用プリントのホチキス止めを手伝わされている。

 だから、私は同じ新入生の葦田あしたくんに話を聞くことにした。


 クロッキー帳で構図を描き込んでる葦田くんに話しかけてみた。

 青井さんとはちょくちょく衝突してる彼だが、話してみた結果意外と真面目で驚いた。会話中に一度も自分のクロッキー帳から目を離さなかったが、問いに対する返答は極めて真剣だった。


 葦田くんにとって色彩は気性の荒い暴れ馬。扱う人間のセンス次第でいくらでも速く走れるし、努力だけでは性能を100%引き出すのは不可能。

 少し抽象的だが、色彩という概念を道具として見れば決して難解な返答ではない。


「なぁ、その課題って青井ケイトと一緒にやるヤツ?」


「うん、そうだよ〜 先輩が急にね、二人合作でテーマ「色彩」の絵を描けって」


「なんだそれ……権田はともかく、アイツには無理だろ」


「どういうこと?」


「気付いてねぇのか? だよ」


「?? 青井さんの目と課題になんか関係あるの?」


「だって、アイツ──」

「私の名前聞こえた気がするけど」


 キーンコーン、カーンコーン……


 手伝いを終えた青井さんと篠原さんが下校のチャイムと共に戻ってきた。

 二人は相変わらず仲が悪く、互いに目が合った途端同時に舌打ちした。


「ねぇーー! ユズっち帰ろーぜ〜」


「今行く〜! ……それじゃ、ケイトおつかれー!」


「うん、おつかれ。タカハシさんによろしくね」


 青井さんは篠原さんと挨拶を交わした後、私を葦田くんから引き剥がすように部室外に連れ出した。

 この二人はどっちも引かないから一言でも会話すると喧嘩に発展する、だから今は睨み合ってるだけで言葉を決して発さないという冷戦状態に陥っている。


「忘れ物ない?」


「うん」


「じゃあ、帰ろっか。冷蔵庫空っぽだからさ、買い物一緒に付き合ってくれる?」


「もちろん〜 あっそうだ! 私色んな人の「色彩」を聞いてまとめたんだけど、その意見の全部を少しずつ小分けにして絵に入れるのはどうかな? それこそ最近のAIイラストもこういう感じの仕組みだし、良いアイデアじゃない?」


 私はそう言いながらスマホのメモ画面を青井さんに見せてあげた。

 彼女はそれらを真剣に読んでいったが、なぜか読み進めるほど表情も曇っていく。


「……ど、どうかな? 変な物はないし、まぁまぁ無難なモノはできると思──」


でいいの?」


「え」


「これは誰かの意見の寄せ集めであって、権田さんの「色彩」じゃない」


 図星すぎて頭が真っ白になっちゃう。

 彼女の指摘に返す言葉が見つからないし、頭がそう思考することを拒否する。


「権田さんのメモにかいてあるように……人の色彩ってのはさ、何かを好きになったり愛したり、それで挫折して無我夢中になった経験が放つキラキラした何かで、今回のテーマの価値はきっとその経験の重さにあるはず。だから無難で済ませて良いはずがないんだよ」


「……」


「権田さんには言ってなかったけど、私さ……色が見えないんだ」


「うそ……あ」


 葦田くんが言っていた青井さんの目のことって、色が見えないこと?

 何で彼はそれを知ってるの?


「だから私にはそういう経験がない、視覚的にも心理的にも色彩というものをよく知らない……私にとっての「色彩」はきっと美しく、輝いていて、歩む未来にある未知なもの。そしてそれはきっと、今この瞬間全力で走らなきゃ掴めないはず」


 先輩がなぜ合作の課題を出したのか、今わかった気がする。

 青井さんには芸術家としての華がある、色が見えなくとも彼女の精神には黄金のような輝きが宿っている。

 透明人間の私とは真逆だ。


「他のだれかじゃない、権田さん自身の内側と向き合ってみてほしい」


「私、自身……」


「権田さんだけの「色彩」から目を背けないで」




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