第16話 初めての料理

「お、お邪魔しますぅ……」


「そんなに畏まらなくていいよ。一人暮らしで誰も居ないから」


 青井さんは私を自宅に案内したあと二人で一緒に私服に着替えた。

 彼女の家は非常に綺麗でよく整頓されていると言えば聞こえは良いが、家具や私物がなさ過ぎて生活感がない。

 モデルハウスに申し訳程度の荷物を置いただけみたい。


「引越しの荷物まだちゃんと開封してないから、ウチ全然物置いてないんだよね」


 青井さんのことはまだちゃんとわかってないけど、入学してからもうほぼ1ヶ月経ったのに荷解きを終えてないなんて、彼女の性格的にあり得るのだろうか。

 もしかしたらホームシックで実家のことが恋しいのかな。


「一人暮らしって大変そうだね……実家のご家族は心配とかしてるんじゃない?」


「してないよ。ウチ、姉貴しかいないんだけど……アイツは私のことが嫌いだから、私が一人暮らしを始めて清々したでしょうね」


「ご、ごめんなさい、そうとは知らずに」


 うわ、特大の地雷を全力ダッシュで踏んでしまった。

 

「じゃあ、お詫びがわりに料理、作るの手伝ってよ」


「え、ごめん、私料理できない……」


「でも自己紹介の時、肉を焼くことと手紙を書くことが趣味だって言ってたじゃん」


 すごい、ちゃんと覚えてくれたんだ。

 同級生が彼氏は言ったことをちゃんと覚えてくれたとか惚気てたけど、当時の私は全然共感できなかった。でも今青井さんにされてやっと理解できたかも。


 マズイ、ときめいてる場合じゃなかった。


「え、えっと……肉を焼くのが趣味というか……肉しか焼けないというか……」


「……じゃ、その前の味付けとか準備は?」


「それもお手伝いさんがBBQの事前に用意してくれて……」


「じゃ、本当に肉を焼く工程しかできないんだ……」


「青井さんって無自覚だけど割とSっ気あるよね」


 青井は困った表情を浮かべつづ、引き出しから2着のエプロンを取り出してその中の1着を私に手渡す。


「わかった、じゃあ初心者向けのを教えるからエプロンつけて」


「わぁ〜 ありがとう! あっ……──……」


「……? どうしたの?」


「えっと……え、エプロンってどうつけるの? い、いつもはお手伝いさんがつけてくれてて……すみません」


「うそ、だよね?」






 1時間半後。


「いただきます」


「いただきます! ごめん、私飾り付け下手だよね……ただの生姜焼きなのに」


「ううん、そんなことよりもキャベツの千切りに1時間も使ったことに驚きを隠せない」


 苦労して作った生姜焼きをご飯の上に乗せて、お肉でご飯を包ませて口の中へ運ぶ。瞬間、生姜の風味と肉汁が溶け合って旨味となる、その広がりを舌でしっかりと味わう。

 まあ、色々あって色々時間かかったけど何とか料理は完成させたよね。苦労という至高なスパイスのおかげで普通の生姜焼きより格段に美味しい。

 

「権田さんは何で肉を焼くことが趣味なの? その様子だとBBG以外じゃ料理しないでしょ」


「ほ、本当容赦ないよね青井さん……肉を焼くのが好きというか、多分私はその空間が好きだと思う」


「空間?」


「うん。お父様の会社で時々BBG大会を開催するんだけど、そういう時にね、お肉を焼いてお腹空かした参加者とその家族に配るとみんな笑顔になるの……仕事で作って営業スマイルなんかじゃなくて、みんなが心の底から幸せそうに笑う姿が好きなんだよね〜」


「なんか、良いねそれ」


「私ね、自分を好きになれないの。でもさ、みんなが笑顔になってくれた時は居ても良いだよって肯定されたみたいで……一時の夢だってわかってるけど、その心地良さに浸ってしまうんだよね」


 どれほど心地の良い夢でも必ず覚める。

 何度もそれを繰り返して、何度も冷たい現実を突きつけられる。


 自分は両親を継ぐ器なんかじゃなくて、無意味な人間だって。

 私は未来よりも過去に目を向けてしまう、周りに流されてばかりで「自分自身」がすり抜けて堕ちる透明人間。

 そんな、お兄様とは真逆の人間。


 だから私は権田ヒカリを愛せない。


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