第15話 私たち、親友

 青井さんはカルトンを閉じてクリップでとめた。

 そして私と向き合うように座り直して、机に自分のクロッキー帳を広げてみせた。

 その様子が気になった篠原さん……名前これで合ってるよね? 彼女は自分の作業を中断して話しかけてきた。


「ケイトと権田さんなんか一緒に描くの? ワタシも混ざっていい?」


「先輩が合作で絵を描けって、権田さんと二人でやるからユズは戻っていいよ」


「ケイトを独り占めされるの妬くんだけど、独占キンシ法なんだけど! ワタシ戻らないから! スンスン、はぁ〜 ケイトめちゃいい匂いする」


 そう話す篠原さんはすでに青井さんに抱きついており、少し涙目で私を見つめる。一方で青井さんはウンザリした表情で彼女の両腕を解く。

 この二人ってこんなに仲良かったんだ。


「独占禁止法ってそういう意味じゃ……」


「嗅ぐな、キモイ。サボってると先輩怒るよ」


「は〜〜い」


 篠原さんってあんな明るい性格だったのかな。

 もっと内向的な印象を抱いてたけど、青井さんと接して変わったのかもしれない。


 気を取り直して先輩が出した課題に取り掛かることにした。

 テーマの「色彩」に対して、私と青井さんはきっとそれぞれ違うイメージを持っている。それこそ世の中の殆どの物は色がついている、イメージの数もその分だけ無限にある。

 だから、私たちはまずイメージを書き出して擦り合わせから始めることにした。


「青井さんはどういうイメージを持ってるの?」


「未知が一番最初に連想したイメージかな、あとは表現方法としてすごく便利かも、とか?」


 何か哲学的な意見だな。

 鮮やかとか可愛いとか言うのかと思った、色彩という単語から未知と利便性を連想する人なんて見たことない。


「権田さんは?」


「私は、えっと……キレイとか? うん、虹とか……ごめん、こんな意見じゃ浅いよね。青井さんの意見の方が深そうだし、そっちのアイデアで進めるのどう?」 


「合作だからそれはダメ、というか多分一瞬で見抜かれると思う」


「確かに……あっ、ちょっとごめん」


 ポケットに入れていたスマホの振動を感じ取った。

 お母様からのメッセージが届いた。うちには門限があって、平日学校がある日はお母様が車で迎えに来てくれる。

 どうやら、あともう少しで学校に着くらしい。


「……大丈夫?」


「え、うん! お母様がもうすぐ迎えに来るって」


「「お母様」か……権田さんってお金持ちのお嬢様?」


「そんなことないよ〜 普通の家だよ、普通の家」


 謙虚に言ってるだけで、私の両親は実際お金持ち。

 他人の家庭との違いに気づけないほど鈍感じゃない。今まで学校では幾度も敵として扱われてきた、そりゃ他人からしたら私はきっと能天気で煩悩とは無縁な生活を送っているように見えるんだろうな。


「ふーん。?」


「え……な、なんで?」


「嫌い、だって顔に書いてある」


「嫌い、な訳ない……お父様とお母様が経営する会社の製品はたくさんの方に感謝されてるし、色んな界隈の方がよく訪問しに来る。それに社員の方からも頼りにされてる……みんなに好かれてる良い人だよ」


「権田さんはどう思ってるの?」


「だから今説明して──」


「他人の評価じゃないよ。私は権田さんが嫌いかどうかを聞いてる」


 私がどう思ってるのかなんて……わからない。

 自分の印象、自分で決める、そんなこと今まで全然考えたことない。

 だってそんなことしたら目立っちゃう、間違いを犯すかもしれない。それだけは許されない。

 

 私が自分の意見を言ってどうする、問題を起こしたら誰がお父様の会社を継ぐの。周りと同じように無難に過ごして、自分を騙して、目を塞いだ方がよっぽど楽に生きられる。


 でも……それじゃ、私は何で美術部に入ったの?


「私は……きr──────あ、お母様着いたって! ごめんなさい、今日はもう帰るね」

 

「うん、おつかれ…………──……」




 お母様は車でお気に入りのSROPの曲を聴きながら私を待っている。

 だから私は全く急ぐ必要がないはずなのに、なぜ全速力で早歩きしてしまった。

 逃げたかったんだ。青井さんから、私の意見を口走ってしまいそうな自分から。


 校門を出て、お母様の車を見つけると私はすぐに助手席側に行って、慣れた手つきでドアノブに触れる。


「今日は速いね、ヒカリちゃん」


「は、はい! 事前に準備してまし────」

「すみませんっ」


 振り向くと、カバンを肩にかけた青井さんが私の背後に立っていた。

 まさか追いかけてきたのか、一体何のつもりで声を掛けたの。


「あら、ヒカリちゃんのお友達?」


「はい、親友ダチです」


「え、えっ」


 表情一つも変えずにウソをついてる、堂々とし過ぎて逆に青井さんがカッコよく見える。


「課題でヒカリとペア組んだので、一週間私のとこで泊まることになったんです。そうだよな、ヒカリ?」


「え、な、何の話」


「そういうことでヒカリのお母さん、コイツの着替えを持って来て貰えませんか?」


「いいわね、お泊まり。私が高校生の頃もよくお泊まり会してたな〜 着替えはお母さんに任せて!」


「お、お母様そんな簡単に承諾しないで!!」

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