四章・それに形はなく

第14話 透明なヒカリ

 私、権田ごんだヒカリは透明人間だ。


 1年前、お父様とお母様に連れられて見に行った県の美術展。美術の魅力なんて全くわからなかったが、「権田」家の跡継ぎとしての最低限な教養は身につけなければいけない。


 大量に展示されたのカラフルな絵が私の中の虚無を炙り出す、つくつく自分は「透明」な人間であることを思い知らされた。

 そして、退屈してた私はあの絵と出会った。


 雪が降り注ぐ冬の夜。

 薄着の女が喜怒哀楽のどれにも該当しないアンニュイな表情で何かを見つめている。その絵は一切の色がなく、繊細かつ写実的に描写されているかと思いきや、若さと想像の余地を残す荒々しいタッチも混ぜ込まれている。

 絵の女の表情はなぜあんなにも神秘的なのか、その秘密は今の私でも解き明かせない。ただわかることは一つだけ、私はその美しさにどうしようもなく惹かれた。


 偶然にも私と同じ名前の絵は会場で一番色鮮やかに感じた。

 絵のタイトルは『ヒカリ』で、作者は今の私と同じ高校1年生。

 彼女の名は──





鷹過たかすぎ部長、今度のデッサンどうでしょうか?」

 

「相変わらず塗りが薄い! 筆圧的な問題もあるだろうけど、何より「味」が足んないね」


「あ、味ですか? 線が薄いからでしょうか?」

 

「それだけじゃない、芯がないように感じる。塗りも各モチーフの描写も機械みたいに平均的なんだよね……見たモチーフをそのまま薄く写してるだけって感じ」


「見たままじゃいけないのですか?」


「ダメ! 少なくとも私が部長を務めてる間はダメだね。そのまま画用紙に写すのなら、カメラで写真撮って印刷すればおしまいじゃん。美術ってのは美を表現する学術、物事を作者が自分の経験と思いで解釈して初めて「味」と「深み」が出るんだ」


「味と深み……難しい、ですね」


 部長の観察眼が恐ろしい、たった一枚の薄っぺらい画用紙で私の本質を容赦なく見抜いてしまう。

 隠そうとしてる私の「透明人間」の部分を。


「ねっ、権田ちゃんは何か描きたいものとか好きなものある? 何でもいいよ!」


「あ、描きたい物、えっと……描きたいもの……私が描きたいモノ……えっと」


「??」


 部長のカンタンな問いかけを答えられない、描きたいモノがわからない。

 いや、違うね。

 がわからないんだ、私。


 おもちゃはお父様が買ってくれた。

 受ける学校はお母様が決めてくれた。

 将来結婚すべきフィアンセも、就職すべき会社も、継ぐべき地位も両親が決めてくれた。


 何もかもを持ち合わせた授かりのお嬢様と言われたことがある。

 それだったら、この胸に存在する底なしの大穴は何?

 

「ない……なにもありません。えっと、他のみなさんと同じもので練習しますね」


 私は何も持てない、何の色にも染まらない「透明人間」だ。


「…………なるほどね、あの子とは真逆だ。色を見る本人の内側が灰色、か」


「あの子とは?」


 部長は変わらぬ爽やかさ満点な笑みで「あの子」に声をかけた。

 確か、部長とタメ口で話す推薦枠の子だ……全然関わりないから名前を覚えてない。


 彼女はジャケットの代わりにディープブルーのパーカーを羽織っていて、腕組んだままで私の横までやってきた。

 自己紹介の時もそうだったけど、この子の貫禄は1年生のものじゃない。絵は全くの初心者らしいんだけど、外見からは全然想像できない。


「なに?」


「当ててみて! なんでケイトちゃんを呼んだのでしょうか??」


「ダルいんだけど、いいから何の用か言ってよ」


 この二人ってもしかして血の繋がった姉妹?

 会話の距離感が先輩後輩のソレじゃない。


「へへ、そういうわけで権田ちゃんとケイトちゃん!」


「どういうわけ?」


「二人に課題を与えます! 二人組んで一枚の絵を描いてください。画材は何でもいいけど、条件は合作であること……そして、絵のテーマは「色彩」です」


「えっ、ええ!? 急過ぎます! 他の部員はそんな課題ないんですよね!」


「そりゃあないよ、今考えた二人専用の課題なんだもん」


 めちゃくちゃだ。

 私の両親がレールを敷く者であれば、部長はそのレールと道路ごと無茶苦茶に粉砕する人間に違いない。


「あっ、ケイトちゃんね、すごくツンツンしてるから頑張ってね!」


「人をハリネズミみたいに言うな」


 あれ、もしかして私が入った美術部って滅茶苦茶な部活?


「それじゃ、よろしくな。権田さん」



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