第13話 変わらないと願う
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
休日の朝、先輩と一緒にコウタの家へ向かう。
昨日と全く同じシチュエーションなのにこの上なく気まずい。先輩はただ前を見つめるだけで、私とは一度も目を合わせない。
地獄だ、この空気。
「…………フフ、ハハハ! 気まずすぎだろこの状況! ねえ、ケイトちゃん」
「あ……先輩、昨日は言っ──」
「さすがだな、私の人を見る目!」
「え?」
「ケイトちゃんが真っ直ぐでカッコ良かったってこと。言わせんなよ恥ずかしい〜」
恥ずかしいと言いながらも先輩は普段と変わらない爽やかな笑みを見せてくれた。きっと気遣って場の空気を変えてくれたのだろう。
そういえば今日の先輩は昨日のリュックを背負ってない、私と同じく手ぶらだ。
「キミってホント、鏡みたいな子だね」
「鏡? 私のこと?」
「うん、ケイトちゃんのこと。偉そうに先輩ぶっていたら、知らぬ間に自分がどういう人間なのかを教えてもらっちゃったぜ……ケイトちゃんの前じゃカッコをつけられない、本心剥き出しで無防備の幼い自分になっちゃうね」
「ごめん」
「フフ、褒め言葉だよ! ほれ、行くぞ後輩」
10分後、私たちは大宮宅に着いた。
先輩がチャイムを鳴らすと、昨日と同じく凄まじい速さでコウタが出る。
先輩のことが待ち遠しいってのもあるが、きっと私に頼んだ質問の答えも知りたいのだろう。
でも、彼にはどう伝えればいいだろう。
適切な言葉が……少年の心を傷つけない言い方が思い浮かばない。
「トモエ姉ちゃん? 早く入ってきて!」
「ううん、お邪魔するつもりはない。だからキミが出てきてくれないかな?」
「え?」
「え? 先輩どういうこと?」
「……わ、わかった。待ってて」
どういうこと? なぜコウタくんを外に呼び出す?
いつも通りだけど、やっぱり先輩の思考がわからない。
コウタは30秒もしないうちに家を出て私たちの目の前までやってきた。彼も私と同じ困惑した表情を浮かべている。
「トモエ姉ちゃん、なんで入らないの?」
「どうせ私に隠れてケイトちゃんと二人でやり取りするだろうし、それならここで話そうと思ってね…………ね、コウタはさ、私のことをどう思ってんの?」
「ど、どうってなに? 絵の先生、とか?」
「そうじゃない、肩書きのことじゃない。大宮コウタは鷹過トモエのことを個人的にどう思ってるかってこと」
先輩の聞きたいことを察したコウタは私を睨んだ。私が彼の秘めた好意を漏らしたと思っているみたい。
「ケイトちゃんは関係ない、私が見抜いたの。コウタ、気持ちを答えて」
「……お、おれは……え、えっと……」
「言って」
「ッチ、クソ! 好きだよ! トモエ姉ちゃんのことがクソ好き!! つ、付き合ってほしいんだよ……」
「まず、家庭教師として答えると、キミは私の生徒だから無理。そして、この瞬間をもって、私はコウタの家庭教師を辞める」
「え!? な、何を言ってるの!?」
「私個人としての返答を言うね。私は…………イケメンで金持ち、その上高学歴で大人な男性が好き。その特徴を一つも持ち合わせてない、今のキミみたいなガキんちょは異性として見れない」
「…………」
「…………」
それはこれ以上にないぐらいハッキリとした拒否の言葉。
確かに「好き」という気持ちと全力で向き合うように要求したのは私、でもそれって本当に正しかったのだろうか。
見方を変えれば、私はコウタから大好きな家庭教師とお姉ちゃんを同時に取り上げたんだ。
嗚呼、先輩はこの残酷さを理解していた。だから、気づかないことも優しさだって言ってくれたんだ。
「それじゃ、お父さんとお母さんによろしくね。もう家庭教師じゃないんだ、ここに来るべきじゃない……絵、頑張ってね……さぁケイトちゃん、帰ろ」
「せ、先輩……あの、私」
先輩は一切躊躇うことなく、私の背を押してこの場から離れようとした。
「……いつまで」
「?」
「…………おれ、自分が子供なのは知ってる。だから頑張ってなる! イケメンで金持ちで高学歴で、絵がめちゃくちゃ上手な大人になる。トモエ姉ちゃんが好きな人になるから!! いつまで、待ってくれる?」
強いな、てっきりコウタは泣くんだと思った。
彼の瞳は決意に満ちている。おそらくこういう風に拒絶されることはもう予想してたのだろう。だからって先輩が好きという気持ちは捨てられない、ユズもそうだったね。
「ぁ…………そう来たか、ハハ! 生意気なガキんちょだな、私は振ったばっかの相手を待ってあげるとでも思った?」
「……そう、だよね……」
「ずっと」
先輩は落ち込むコウタの前まで行って、彼のおでこに軽くデコピンした。
「キミの「好き」が変わらない限り……私はずっと待っててあげる」
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