第12話 子供の好き

「…………よっっしゃ!! ケイトちゃん見て見てみて!!」


「先輩、遅すぎ」


 泊まりのお代として夕食を作ることにした。

 先輩は料理が下手というか致命的に苦手らしい。ピーラーで一つのジャガイモの皮むきをしてる間に、私は包丁で残りのジャガイモを全部処理した。


「私がやるんで、先輩は他になんかしてて」


「じゃあ〜 料理してるケイトちゃんを観察しよっかな♪」


 そう言うと彼女はテキトーな椅子を持ってきて、ニヤニヤしながら私を眺め始めた。


「別に良いけど。先輩苦手な食材ある?」


「ないよ! 何でも食うぜ!」


「キッチンタイマー借りるよ」


「あいよ! 好きに使って!」


「先輩彼氏いる?」


「いいよ! …………ん? なんだって?」


 さりげなく聞く作戦はダメか。

 でも正直私も先輩の恋愛歴が気になってきた。

 彼氏いようがいまいが、その姿を安易に想像できない。


「彼氏、いるの?」


「な、なんでそんなこと聞くの?」


「急に気になっちゃったから」


「……居ないよ」


 今はってことは過去にいたのか。

 先輩ってかっこよくて優しいし当然と言えば当然だな。

 一応、コウタのために先輩の好みも聞いておこう。


「私ね、「欠点」という考え方はしないようにしてるの、得意な方向性が違うだけ。だからね、好きなタイプはなくて、好きになった人がタイプなんだよね」


 先輩は私の背後に座っていてこっちの表情が見えないはずなのに、私の思考でも読み取ったかのような答えが返ってきた。

 でもこれは好都合だ。

 好きになった人がタイプということは、将来のコウタにもチャンスがあるってことだよね。


「でも、私はもう恋愛するつもりはないんだ。相手が可哀想だから」


「相手が可哀想……?」


「うん。恋するってことは相手が私の中で重要度が一番になること。でも、私はもう死ぬまで今の重要度一位を変える気はない…………パートナーと美術の選択肢が出たら、私は迷うことなくパートナーを見捨てて美術を選ぶ。私、そういうヤツなんだ」


「…………」


 弱音とまでは行かないが、先輩の抱える陰をほんの少し垣間見た気がする。

 よく言えば美術に情熱を燃やしている、悪く言えば「鷹過トモエ」という個人の人生を自ら犠牲にしてまで美術に全てを捧げてる。

 

「コウタ、だよね? そういう風に質問してって頼んで来たんでしょ?」


「え!? しっ、知ってたの!?」


「ハハハ、私観察が得意なんだよね。だからケイトちゃんはそういう質問しないことも、だってことも知ってるんだよ」


「じゃ、じゃあコウタには……」


「それはダメ……時にはね、他人の「愛」に気づかないフリをすることも優しさなんだよ」


 気づかないフリ? なんで?

 好きになれることも、好かれることも貴重で難しいのに、なんで気づかないフリをしなくちゃいけない。

 もし、私がやっと「好き」を掴めたのに相手からは向き合ってすらもらえない時、きっと物凄く傷つくかもしれない。


「ケイトちゃんの言いたいことも気持ちもわかる」


「だったら」


「コウタはまだ子供で、小学校という狭い世界しか知らない。だからたまたま関わった私が魅力的に見えただけ。彼はこれからゆっくり成長して、世界は広いだってことを知って、その時初めて自分にふさわしい相手を探すべきだよ……鷹過トモエという家庭教師もそういえば居たな、とそういう風に私を忘れるべきなんだ。でしょ?」


「でしょ、じゃない! 気づかないフリなんてやめて、振るんならちゃんと振って、向き合ってあげてよ。貴重な「好き」の気持ちを子供の勘違いだって片付けないでよ!」


「そんなことしたらコウタが傷つく。それにあの歳の好きは間違いなく勘違いだよ」


「違う、傷つくのは先輩だから怖いんでしょ! それに好きという気持ちに年齢は関係ない、私だって高校生のくせに一度も誰かを好きになれてないんだよ。コウタは私なんかよりずっと凄いんだから!」


 なにこれ、私めちゃめちゃダサい。

 でもコウタを庇わずには居られない、だってあんなにも純粋に目を輝かせてたんだよ。私が頑張ってもまだ手に入れられてない気持ちを、あの歳でもう知っているんだよ。


「先輩、約束してくれたよね。一緒に「好き」と「愛」を探してくれるって、私は全力で向き合っているつもりだよ、先輩も逃げないでちゃんと向き合ってよ」


「…………ごめん、今日はもう休むね」


「せ、先輩!」


「一階、好きに使って良いから……ごめん」


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