第11話 それは誰かにとっての重荷

 家庭教師のお仕事を終えて、大宮宅から出た頃にはもう陽が沈んでいた。

 私と鷹過たかすぎ先輩は来た道を戻って、今朝待ち合わせしていた水吏すいり駅まで戻ってきた。


「そんじゃ、私んちは1丁目にあるからここでお別れだね! 今日一日お疲れ様、また明日……日曜日もお願いね、ケイトちゃん」


「はい、お疲れ様でし……あ」


「ん? どした?」


 ヤバい、コウタのお願いを忘れてた。

 鷹過先輩に彼氏がいるかどうか聞く約束だった。

 で、でもどう聞けばいいのこれ、他人の恋愛サポートなんてした事ないんだから自然な聞き方なんて知らないんだけど。


「……」


「……大丈夫そう? 何も無ければ解散し」

「先輩の家に行きたい」


「……え!? なんで?」


 焦って適当に喋ったんだから私も何でか知りたい。

 私につられていつも余裕綽々の先輩もちょっと焦っている。相手の本意を読み取れてないからだろうか、かと言って本人の私も自分が何を言ってるのかわからないけどね。

 

「え、えっと……もしかして、一人暮らしでおウチに帰るのが寂しいとか?」

「あ、うん、それだソレ。さ、寂しいから先輩の家でお泊まりしたい」


「本当に? ずっと真顔だけど……」


「本当……せ、せ……先輩と は、離れたくない、今日は」


「アハハ、なーにそれ。ケイトちゃんって意外にもそういう子供っぽいとこあってめちゃかわいいじゃん。いいよ、ウチ散らかってるけどそれで良ければぜひ」


 



 30分後。


 絶対怪しまれたけど、何とか先輩との時間を確保できた。

 今日のお泊まり会中に聞き出さなければいけない、先輩の恋愛事情を。


「着いた、ここが私の家。今は一人で暮らしてるんだ……さ、入って入って」


 先輩の自宅は3階建ての一軒家、高校生が一人暮らしするのに広すぎる。

 一般的な家と違って、建物は何となくヨーロッパを意識させる造りになっている。


「お邪魔します」


「どうぞ……あ、気になるかもだけど、すぐ慣れるからね」


「におい?」


 先輩が扉を開けて家の中に一歩踏み入れた瞬間、彼女が言及していた独特な匂いが容赦なく私の鼻を刺激する。

 この匂い、学校で嗅いだことある。


「油?」


「おぉ〜 ケイトちゃんも美術部に染まってきたね。そう! 油絵の匂いなの、これ」


 靴を脱ぎながら家の中に視線を移すと、廊下だけでなくリビングや部屋中が収納棚で溢れかえっていた。一つの棚には十数もの油絵が収められており、それでも入りきらない作品は縦置きで重ねられている。

 そして、リビングの真ん中には一般の家庭なら必ず置いてあるテーブルやテレビなどの物は一切見当たらない。その代わりに石膏像やイーゼル、床に置かれた無数の絵具とバケツ。

 これじゃ家というよりもアトリエに近い。そして間違いなくこの家の設備は学校の美術室よりも充実してる。


「これ……もしかして全部先輩が描いたもの?」


「いやいや、流石の私でもこの量を描く時間はないよ! 私の作品は10分の……ん〜、30分の1ぐらいかな。残りは全部おじいちゃんの遺作」


「す、すごい……」


 私が憧れたいモノの理想型がこのお家かもしれない。

 これこそが究極の「好き」だと思った。


「へへ、まぁ……おじいちゃん無駄に人脈たくさん持ってたからさ、コウタくんのように残した仕事と依頼が死ぬほど多いの。私今日みたいに空いてる時間でどんどん消化しちゃってるけど、仕事が減るどころが増える一方なんだよね」


 きっと、祖父の仕事をこなしてるから先輩はあんなにも大人っぽくみえるんだろうな。どこか達観してる雰囲気というか。


「それって先輩がやらなきゃいけない内容なの?」


「全然。何なら無償の依頼も多いしね……だけどさ、この一件一件の依頼にはそれだけの思いが込められている、それこそケイトちゃんが「愛」に対する姿勢と同じかもしれない。私はその本気から目を背きたくない、だからおじいちゃんが作った縁は切らない」


「大変じゃないの?」


「大変に決まってんじゃん! 誰かの思い、「好き」、「愛」ってのはどういう形であれ他人にとっては重荷になっちゃうんだよ……でも、その重いおもい荷物の中には捨てられない大切なものも沢山あるんだぜ」


「捨てられない大切なもの……」


「フフ、うん。コウタの笑顔、眩しかったっしょ? そういうのだよ!」


 安堵。

 鷹過先輩の言葉を聞いて、胸の中が安堵でいっぱいになった。

 この人を信じて、美術部に入って良かったと思えた。




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