第10話 先輩命令

「コウタ、アンタデッサンしてる時左右に動きまくってるよね」


「な、なんでわかんだよ!?」


 鷹過たかすぎ先輩はコウタの絵を見た瞬間にその問題点に気づいた。

 私も横でチラっと見てみた。ウチの美術部に比べると拙いが、小学校という範囲で考えると全校一というレベルで上手いと思う。

 だが、なぜ描いてる時の本人の動きまでわかるのかが謎だ。


「ラップ箱の歪み方がおかしいもん。座った位置的に上の辺の線がここまで伸びるはずがない、右で見たり左で見たりしてるからこういう風になっちゃうんだ。今度から落ち着いて描きな」


「は〜い」


「あとね……」


 先輩はリュックから二本のカッターナイフを取り出して、私とコウタに一本ずつ手渡した。


「そろそろ鉛筆削り機は卒業しましょう、ケイトちゃんもね……お手本やるからよくみて、右手はカッターを持って、左手は鉛筆を握りながら親指でカッターのみねを押して削る」


 先輩は慣れた手つきで鉛筆の木の部分を素早く削り落として、中で包まれている芯を2cm程剥き出しにする。


「先輩、なんで鉛筆削り機じゃダメなの?」


「わかってねぇな、ケイト。そんなのカッケェーに決まってんだろ!! なあ、トモエ姉ちゃん!」


 高校に入ってから知り合った人、みんな私を呼び捨てにしてる気がする。


「カッケェー、か……ハハハ、まあそうだな! カッケェーよな!」


「先輩ふざけないで」


「もちろんちゃんとした理由があるぜ! 折れやすく尖った芯を削りたいなら鉛筆削り機は最適だけど、それだけじゃ鉛筆の表現力をフルに引き出せない。荒い線を描きたい時、広く塗りたい時、味を出したい時……その状況に合わせて芯の形を削り直すことも大切な技術だよ」


 なるほど、確かにデッサンを描いてて鉛筆が使いにくいと感じる時がある。そういう時にこうして自分用に鉛筆をカスタマイズするんだな。

 

「そんじゃ、二人はくれくれもケガに気をつけて練習してみて。私はちょっとお手洗い借りるね」


 自室から出ていく先輩を確認すると、コウタは私に話しかけてきた。

 タイミングを見計らっていたかのようで、少しイタズラっぽい笑顔で見てくる。


「ケイトはさ、初心者なんだろ? 最近美術部に入ったって聞いたぞ」


「そうだけど何?」


「おれのほうがセンパイってことだよ! ほら、センパイって呼んでみて!!」


「は? 普通に嫌だし、何でそうなる」


「ねぇーーー! お願いお願いお願いお願い」


「お願い攻撃やめろし……はいはい、コウタ先輩。これで満足?」


「よぉーーし! 先輩のメイレイは絶対だから、今から言うこと聞いて聞いて!」


 あー、そういうこと。

 何かお願い事があるから先輩認定をさせたかったのか。最初からお願いすれば良いのに、無駄にプライド高くてちょっとかわいいじゃん。

 100倍かわいいに免じて聞いてやるか。


「しょうがないな……で、なに?」


「トモエ姉ちゃんと仲が良いんだろ? 姉ちゃんに彼氏いるか知ってる?」


「ふ〜〜ん、そういうことね〜」

 

 最近の子はマセてるのね。

 この歳で鷹過先輩に恋してるとか、良い趣味してんじゃん。


「なっ、何だよ!? 知ってるかどうかって聞いてんの!」


「私は知らないよ……知りたかったら自分で聞いてみたら? せ・ん・ぱ・いのくせに恋愛は初心者なんだ?」


「う、うるせぇ、聞けるわけねぇだろ! そういうケイトこそどうせ恋愛した事ねぇだろ!」


「は? 全然ありますけどね! か、彼氏とか何人もいるし!」


「嘘つけ!!」


 いけないいけない、これじゃまるで私も小学生と同レベルみたいじゃない。

 ここは気を取り直して、大人のお姉さんとして振る舞わなくちゃ。


「なぁなぁ、代わりに聞いてよ。彼氏いるかどうか、あともし居なかったらどういう人がタイプかとか! おれ、トモエ姉ちゃんと結婚もしたいぐらい、本気の本気で好きなんだよ!!」


 結婚もしたいぐらい本気で「好き」、か。

 これもそれを知る良い機会なのかもしれない。


「わかったから…………聞いてあげる」


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