第9話 100倍
土曜日の午前中。
私は約束通り
仕事ってアルバイトとかだろうか、だとしたら私の同行は別に必要ない気もするけど。
「あ! ケイトちゃん! こっち〜〜 お待たせ!」
リュックを背負った先輩が現れた。
シャツに明るいフレアスカートで意外と女子っぽい格好、何故だろうか普段の制服姿とあまり印象が変わらない。
「じゃじゃーーん! どう?」
「似合ってる」
「うへへ、ありがとう! ……ふむふむ、ケイトちゃんってショートパンツ穿くんだね、ちょっと意外」
「これ動きやすいから」
「サッパリしてるね。まっ、それじゃ行きますか!」
先導する先輩の後についていく。
日光に程よく暖められた春風が顔に当たって心地良い、たまに知り合いとこういう風に街を歩いてみるのも悪くない。
「先輩、仕事って何すんの?」
「ガキんちょの家庭きょー! 楽しそうでしょ?」
「家庭教師……私勉強あんま得意じゃないけど大丈夫かな」
「あ、家庭教師と言っても絵のだから大丈夫。今デッサンを教えてる最中だからさ、ケイトちゃんにとっても勉強になると思うんだ」
「なるほど……あのさ、先輩って実はスゴイ人?」
「え? アハハ、そんなことないよ。スゴイのは私じゃなくてウチのおじいちゃんだぜ……私のおじいちゃん、それなりに有名な画家なんだけど、その教え子のお子さんも絵を習いたいっていうもんだからさ、お世話になったご縁で私が教えることになったわけ」
先輩の話はまるで別世界の話に聞こえる、美術部が無ければ私たちは決して交わらない種類の人間だと実感した。
ユズもそうだけど、特殊と分類されがちな人って意外と身近に居たりする、普段は無関心という名の霧に隠されて見えてないだけだろうな。
十五分ほど歩くと、私たちは住宅区のある一軒家前に着く。
先輩はチャイムを鳴らそうと手を伸ばすが、何かを思い出したように確認してきた。
「忘れてた! ケイトちゃんは子供相手得意?」
「は? 聞くの遅すぎでしょ、最初に聞いてよそれ」
「まあいっか、ピンポン押しちゃえ!」
「あぁー押しちゃった」
チャイムが鳴った瞬間、インターホンから男の子の元気な大声が飛んできた。
よほど楽しみにしていただろうか、この速さは多分インターホン前で待機していたね。
「トモエ姉ちゃんだよね!?」
「もう、アンタうっさすぎ。早く入れて」
「はーーい!」
普段部長としての振る舞いからしてそんな予感してたけど、やっぱり先輩って子供の扱いが上手だ。カリスマ性を持つ人ってこういう感じなんだな。
玄関前まで行くと扉が開いて家の中から小学3、4年生ぐらいの男の子が飛び出てきた。元気な声のイメージ通りヤンチャボウズで表情も動きもいちいち大袈裟で可愛らしい。
「トモエ姉ちゃん、いらっしゃい! ……あ、はじめまして。大宮コウタでっす!」
「おぉ〜 あいさつできてえらい! この子は前に話した私の後輩の青井ケイトちゃん! ほらかわいいっしょ!?」
「よろしく」
「…………トモエ姉ちゃんの100倍かわいい!」
「ん? 誰の100倍?」
「そんなことより早くおれの絵を見てくれよ!」
「コラ待て! このガキんちょ! 逃げんな!」
先輩は逃げたコウタを追いかけて靴脱ぎ捨てて家の中に入って行った。祖父と両親の付き合い、そして先輩の人柄も相まって二人の親密さは本物の姉弟に見える。
先輩の靴を揃え直して私もお邪魔することにした。それにしても……
「100倍、かわいいか……ふっ、やるじゃん」
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