第7話 それは捨てられないモノ

 葦田あしたくんは青井さんのスケッチブックを一通り眺めた後、それを乱雑に返した。


「本当の初心者の線だな、青井ケイト……なんで先輩はお前みでぇな半端なヤツを気に入ってんのか全くわかんねぇ」


「昨日からフルネーム呼びでウザイんだけど」


 この二人どっちも引かないよね、本当。

 このまま放置したら……な、殴り合いとかいうマズイ状況にならないよね!?

 とにかく、今は二人を引き剥がそう。距離を取らせて頭冷やしてもらおう。


「あ、青井さん! ちょ、ちょっと一緒に来て」


「おい、待て……」


 ワタシはスケッチブックを持って、青井さんを無理矢理教室の外に連れ出した。もちろん背後からする葦田くんの声は全力で無視。

 無我夢中で逃げて、途中で見かけた無人の多目的教室に入った。


「ハァハァ……ハァ……」


「大丈夫?」


「あ、は、はい……すみません」


 階段を少し上がっただけで息切れしてる私と違って、青井さんは涼しい顔してる。実は本当にお人形で発汗という機能がついてないのでは?

 

 ワタシたちは適当な席に座って、青井さんのスケッチブックを改めて広げた。

 部長の言葉に応えられるかどうかは不安だったけど、自分のできるアドバイスを精一杯してみた。

 青井さんはもっと怖い人かと思ったけど、彼女は終始ワタシの話を素直に聞いて何とか自分の絵に落とし込もうとした。


「こういう風に先にあたりつけておくと、奥行きが出やすくなるよ」


「……本当だ、すごい」


「…………」


「…………」


「…………あ、あの……青井さんって、優しいよね」


「何の話?」


「ワタシの見た目全然触れないでくれるし、好奇な目でワタシを観察したりしないし」


「何でそんなことしなきゃいけないの? 篠原さん全然普通だけど」


「ほ、ほら……ワタシ、ハーフだし……髪は真っ赤だし、目も青色ですごく目立つでしょ?」


 男子に髪を触られるのイヤだった、女子にジロジロ見られるのイヤだった、先生に気を遣われるのイヤだった、趣味をバカにされるのイヤだった。

 何よりもハーフである事実が嫌。

 だからまたこうやって自虐風に話して、自分で自分を傷つけようとしてる。


「そうだったんだ、知らなかった」


「……? 知らなかった?」


「うん。私、色とか全部見えないから気づかなかった……というか、髪と目の色が違うのってそんなに変なこと?」


「えぇええ!?」


 だから……だからなのか。

 一瞬たりともワタシを好奇な目で見なかった理由はそういうことか。

 それが彼女の真っ直ぐさの秘密。


 ん? 待って……


「あ、え、えっと……青井さんはどうして美術部を選んだの?」


「「好き」と「愛」を知りたいから入部した。私そういう気持ちを体験したことないから、鷹過たかすぎ先輩は一緒に探してくれるって約束してくれた」


「そ、それだけ? 有名になりたいとか、名作を残したいとかそういうのは……」


「そんなのどうでもいい。気持ちを知りたい、それだけ」


 ワタシからしたら「好き」と「愛」はあまりにも当たり前の感情で、それを得るために動くなんてあり得ない。

 それなのに、彼女は一切迷うことなく即答した。

 「愛」を知るために全く未知の分野に飛び込んだ、彼女は飛び込めるだけの純真さを持ち合わせている人間だ。


「青井さんはカッコいいよ…………それに比べてワタシ……ウソばっか」


「ウソ?」


「ワタシ……いわゆるオタクってヤツなんだけど……小さい頃外国で見た日本のアニメが純粋に好きで、物語のヒーローに憧れてた……で、でも成長するにつれて、周りはそうじゃないんだって知ったの………………みんなはそんなの「幼稚」とか「絵空事」だって軽蔑するんだ、だからワタシは……」


「すごく、傷ついた」


「うん、誰だってそうでしょ。自分の好きなことを貶されたら、それはまるで自分が夢中になった過去もバカにされてるみたいじゃん……だからワタシはそんな自分を隠した。普通に可愛いものと普通に話題な歌手が好きな普通のワタシで、みんなを騙すことにした……本当ダッサイ、気持ち悪い、最低」


「私はカッコいいと思うよ」


「そ、そんな慰めなんて」


「だって、篠原さんは自分の「好き」を捨てなかったじゃん。それを捨ててしまえばもっと楽に過ごせるのに、自分を偽ってても「好き」なモノを守りたかったんでしょ? それこそ、物語のヒーローみたいでカッコいいと思うけどな」


 どうして、もっと早く彼女と出会わなかったんだろう。

 胸の奥が、心がギュッと掴まれているのに風船のように軽くなったのはなぜだろう。

 ワタシもそうしてみたいと思わされた、自分の気持ちと素直に向き合ってみたいって。


「今度、私見てもいい? 気になるんだ、篠原さんが夢中になれたもの」


「ユズ」


「?」


「わ、ワタシもケイトって呼ぶから、ゆ、ユズって呼んでいいよ……そ、そのへんな意味じゃなくて、ほらワタシたち同学年だしその方が自然というかなn」

「うん、ユズ」

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