第6話 探し物はいつだって恥の先にある

 鷹過たかすぎ先輩はワタシたち新入部員四人のデッサンを画架イーゼルに乗せて、自分だけでなくワタシたち全員が見られるように配置した。


「作品の発表は大事なお勉強なので、他の作品との違いをしっかり見てね…………ふむふむ、ケイトちゃんはこういう絵描くの初めて?」


「うん」


「あの鷹過たかすぎ先輩の推薦だからどんなにヤバイヤツかと思ったら、絵描くの初めてかよ! 青井ケイト、おまえ舐めてんの?」


 青井さんの絵を見た葦田あしたくんは怒り出した。

 動画でよく見るヤンキーだ、真横に居られると迫力凄くてこわいんですけど……


「は? なんでフルネーム」


「なんだって?」


 青井さん全然動じてない!

 あれ? もしかしてワタシめちゃくちゃ怖い二人に挟まれてる?

 心の奥にしまっていた陰キャの部分を炙り出されて、ワタシはただ頭下げて床を見つめることしかできない。


「そこまで! 葦田くん、どんなビルだって土台から一階ずつ積み上げるものだよ」


「……うっす」


「よし、それじゃ次はね……葦田くん、権田ちゃんと篠原ちゃんは窓側に置いてある胸像を描いてきて。ケイトちゃんは私が基礎を教えるね!」


 葦田くんが怒る気持ち、ワタシ何となくわかっちゃうかも。

 水吏すいり高校の美術部員は毎年恒例のように受賞してる。その中でも、鷹過部長は一年生の時点で本来三年生が取るはずだった賞を全部根こそぎ奪った。

 あの人の孫なら当然と言えば当然だけど。


 彼女の活躍のおかげでこの高校の美術部はより注目されるようになった。学校側としても絵の上手い生徒を入部させて活躍させたかったはず、それなのに新入部員はたったの四人しかいない上に一人は絵を描いたことのない初心者。


 青井ケイト……先輩は一体なぜ彼女を美術部に入部させたんだろう。




 翌日。


 一つ気づいたことがある。

 ワタシ、葦田くんと同じクラスだった。

 美術部に入るまでは自分のことで精一杯だったから全然気づかなかった。きっと視界には入れてたけど、あの見た目だったらどうせ運動部に入るって思い込んでた。 

 だけど実際はそんなことなく、葦田くんは休み時間中もずっと絵画関係の本を読み込んでいた。

 彼はワタシの想像以上に真面目でストイックな人物だった。だから、中途半端に見える青井さんのことが許せないのかも。


 また、自分の最低さに気づいてしまった。

 あれほど見た目で判断して欲しくないとか思っていたくせに、私自身が無意識で他人を差別していた。


「ってさ、篠原さん昨日のLIcの新しいMV見た?」


 高校で知り合って間もないタカハシさんが話しかけてきた。


「え? あ、あ〜うん、見たみた! よかったよね!」


 うそつき。

 何やってんだろ、ワタシ。

 高校デビューしたくて、趣味と本音を隠して、見たくもない歌手のMVを勉強して、中身ゼロのクソ薄い会話をして……

 中学生の頃憧れてたのはこんなのじゃなかった。


「失礼します……あ、いた。篠原さん」


 ワタシの名前を口にした者に視線を移す、彼女がいた。

 クラスメイトの注目を浴びながらワタシの目の前までやってきた青井ケイト。

 彼女は昨日配られたスケッチブックを何の遠慮もなくワタシの机に広げた。


「篠原さんに教えてほしいところがあって……」


「え? こ、ここで教えるの!? と、友達とお昼中なんだけど……ね、タカハシさん?」


「か、かわいい…………え? あ、アタシのことは気にしないで! つか、篠原さんって絵上手いんだ? オタク的なヤツ?」


「ち、違うよ! オタクとかそんなわけないじゃん! これ、部活の課題」


 うわっ、タカハシさんにバレた。

 ど、どうしよう……オタクだってバレかけてる。もう嫌だ、クラスの底辺は嫌。


「あ、な、なんでワタシに聞くの? 部長に聞けばいいんじゃ……そ、そもそも青井さんワタシの名前覚えてる?」


「篠原ユズでしょ、覚えてる。鷹過先輩が親睦を深める一環として篠原さんからアドバイスもらえって」


「え、えぇ……ワタシなんかのアドバイスなんて役に立たないと思うけど……」


「篠原さんは空間認識が得意で立体感を出すのが一番上手いって先輩が言ってた……だから篠原さんは「なんか」じゃない、と思う」


「え」


 青井さんって本当に人間なのだろうか、そんなバカなことを考えちゃった。

 だってワタシを見つめる彼女の瞳はあまりにもまっすぐで、子供のように純粋で、清流のように透き通ってて……職人が作ったお人形のように美しい。

 生まれて初めて、他人の言葉に嘘偽りが混ぜ込まれてないって確信できる。


 ふと、彼女の背後が気になった。

 違うクラスの生徒ということもあって、ほとんどのクラスメイトが彼女を注目していた。嫌でも小中学校の記憶が蘇る。


「み、みんなが見てるよ……怖くないの?」


「怖いけど、こうしなきゃ探し物が見つからない」


「探し物?」


 言葉を紡ごうとした次の瞬間、彼の大声がクラス中に鳴り響いた。


「青井ケイト!!」


 本に集中していた葦田くんが青井さんに気づいてしまった。

 彼は他生徒を押し退けてワタシたちの目の前までやってきて、青井さんのスケッチブックを取り上げてしまった。

 どうしよう、絶体絶命の大ピンチだ……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る