第4話 美術部に入る彼女は愛を知らない
朝ケイトちゃんの教室で出待ちしてたことがマズかったのか、授業の休み時間ごとに訪れてもシカトされてちゃうんだけど。
仕方ないので放課後彼女がほかの部活の勧誘に捕まらないように、授業の終了チャイムと共にダッシュで彼女の教室へ向かう。
あきらめるなんてありえない。ケイトちゃんは逸材なんだ、私の審美眼は間違わない。
「いいかげん鬱陶しい、キモイ、ストーカー」
どうやら私が教室前で待っていたことはお見通しみたい。
ケイトちゃんは出会い頭に罵倒してきた。
「お願い! 美術部に入っ……」
「お願い、美術部に入って……でしょ? それしかないわけ? ……はぁ、ウワサされちゃうから場所を変えよう」
背後にいる同級生のことが気になったのか、ケイトちゃんは先導するように早歩きで階段を上っていく。待ってくれる気配全くないので急いで追いかける。
呼吸が全く乱れないところから見て、彼女はそこそこ運動神経が良さそう。
4階まで上がり、立ち入り禁止の看板を無視して屋上に出る。いざとなれば規則を無視できる行動力の持ち主らしい、ますます我が美術部に欲しい人材だ。
「言いましたよね? 色が見えないって」
「うん、確かに絵を描くにあたって致命的かもしれない」
「だったら」
「でもね、絵を描くことだけが美術じゃないんだ」
ケイトちゃんは何かを言いかけてやめた。
きっと悩んでいるんだ。
「ミケランジェロの彫刻ってみたことある?」
「み、ミケなに?」
「彫刻家の名前、彼が彫った彫刻は500年経ってもまだ残ってるんだ。ほら、美術展とかの解説員っているでしょ」
「行ったことないから知らない」
「昔の人たちが残した作品を解説する人のことだよ。何も絵画にこだわる必要ない、彫刻も空間設計も歴史の解説だってみんな美術の一部なんだ」
「そんな……難しそうなこと、私なんかにできるはずないから」
まただ。
彼女はよく「なんか」という言葉を口にする、そうしたときケイトちゃんは決まって私から目を逸らす。
他人を騙すとき人は相手の目を直視する、自分を騙すとき人は相手から目を逸らす。
「ケイトちゃんは「なんか」じゃない。それに、「できない」と「やろうとしない」は全くの別物。私はケイトちゃんがその両方でもないと思ってるぜ」
「勝手な期待しないで……それに私、美術きらいだし」
「嘘、ケイトちゃんは美術を本気で嫌ってなんかない。私わかっちゃうんだ」
「……なんでそうとわかる? 私の心が見えるとでも言うわけ?」
「私こう見えてもさ、昔美術のことなんて大嫌いだったし、すごく憎んでたからわかる。ケイトちゃんは美術を嫌ってない」
私の言葉が意外だったのか、ケイトちゃんはやっと顔上げて目線を合わせてくれた。この話は学校の誰にも話したことない、だから私も思わず緊張しちゃった。
ケイトちゃんはきっと合わせ鏡のような人だ。
真摯に話せばきっと本心で応えざるを得ない、そんな不器用な女の子だ。
「……絵が上手い人なんていくらでもいるじゃん、なんで私にこだわる?」
「過去の
ケイトちゃんはあまり表情筋を動かさない、自分の弱さを悟らせないように表情を減らしてる。
でもなんでだろう、なぜ彼女の気持ちはこんなにもわかりやすいんだ。
「ねぇ、どうして「愛」を描けってお題出したの?」
彼女は嘘つくのが下手なんだ、意図せずにホントの気持ちを言葉の端々に乗せてしまっている。
「…………私を嫌っている相手から言われた、愛してると……その意味が分からなかったから」
「意味がわからない?」
「言葉の意味は知ってる、でも実感したことない」
そう話すケイトちゃんの両手は震えていた、誰だって心の奥を形にするのは怖い。
だからそっと、その柔らかい手を優しく包む。
「頭で理解できても、心で感じられない。
みんなに好きなものを勧められても共感できない、夢中になろうとしてもいつも失敗する。だからまた傷つくのが恐ろしい…………みんなみたいに「好き」と「愛」を一生触れられないまま死ぬのがこわい」
彼女の頬を伝う涙は拭かない、そんなことしたらきっとこの先もツライまま。
だから零れ落ちた涙を受け止めてあげる。
「私の答えを見ればわかるかもしれないと思ったんだ」
「うん……知りたい、です……私もみんなのように「好き」と「愛」を知りたいです」
ずっと拒否の言葉を並べていた口から初めて本心を吐き出した。
「愛」を知りたい。
ケイトちゃんはなぜ美術部の先輩に憧れを抱いたか、わかった気がする。
彼女にとって未知な存在の「愛」と「好き」はきっと、何よりも美しいもの。
だから憧れずにはいられないんだ。
「先輩に任せろ! 私が一緒に探してあげる!」
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