風の原精

霊紋戦士は凍身冷息を発動しながら歩みを進めた。


「アレか」


霊紋戦士の視線の先には、拳大の緑色の石を中心に、太い3本の触手の生えた大鷹のような形を模した風が吹いている。


「不思議だ。周囲にも強風が吹き荒れているにも関わらず、中心に渦巻く風の原精の姿がよく見える。」


魔女の声が聞こえる。



「おい。余計なことを考えているな?お前のやることはあの石を壊して原精を無力化することだ。頭よりも身体を動かせ。」


「…あぁ。そうだな。」


霊紋戦士は魔女には聞こえない呟きをした後、戦いの姿勢となった。


「手始めだ。先ずはこれを放つ。」


霊紋戦士は腰を深く落とした後、剣を左から右へ薙いだ。


剣からは、霜を生み出す程の冷気が放たれ風の原精へ向かっていった。


しかし。


冷気は風の原精と霊紋戦士の間で風に揉まれて消えていった。


「……ぐぅ。駄目か。他の霊紋は反動が大きいから使いたくないのだがな……」


霊紋戦士が氷の霊紋の他に5つある霊紋を使うか悩み始めた瞬間。


ゴォォウ!!!


「ぬッッッッ!!」


風が巨大な塊となりとんできた。


霊紋戦士は咄嗟に腕を交差させ防御をしたが、耐えきれず2メートル程吹き飛ばされた。


「キャッハハハハァ!ざーこざぁーこぉ」


「なっ!んだと?」


風の原精から、突然な子どものような煽りを受けた霊紋戦士は怒りを覚えた。


魔女の声が聞こえる。


「その様子。風の原精の言葉を聞いたか。アレはただの鳴き真似だあいつは意味をわからず使っている。気にするだけ無駄だ。冷静に、戦いに集中しろ。」


「……んぐぅ。…ふぅ。そうか。わかった」


霊紋戦士は怒りを飲み込み、感情を落ち着かせ、戦いに集中し始めた。


霊紋戦士は地面を蹴った。

直線的に風の原精へ向かって行き、封風翡翠を破壊するようだ。


「極冷剣」


霊紋戦士が呟くと剣は淡く青色に包まれ、水滴が滴るほどに冷えた。


霊紋戦士は風が鎧に当たり、けたたましく鳴り響いているのを無視して封風翡翠に近づき、剣を振った。


バンッッ!!


「グゥぁ!」


剣は届かず。その前に風鎚によって腹部を殴られ吹き飛ばされた。


ドンッドンッドンッ


「ガッ!グッ!うぁ!」


霊紋戦士は飛ばされ地に落ちる途中、更に3回風鎚で身体を殴られた。


「うぐぅ……カッハ…肋骨が折れた…」


鈍い痛みと鋭い痛み。その両方を血を吐きながら耐えつつ再び立ち上がった。


「……ふぅ。まだイケる。氷場生成」


霊紋戦士は立ち上がった後、剣を地面に刺した。すると剣から冷気が放たれ、底を中心に地面が数秒で凍て付いた。


「逆氷柱」


霊紋戦士が呟くと、凍て付いた地面から全長6メートル、直径30センチ程の巨大な氷柱が8本。一瞬で生えてきた。


「氷纏重鎧」


鎧から冷気が放たれ、徐々に厚い氷が鎧に生み出されていき、軽戦士の姿だった霊紋戦士は10秒程で重騎士のような姿へと変化した。


「飛氷塊」


霊紋戦士は氷の塊を風の原精へ向かって飛ばした後、ゆっくりと歩みを進めていった。


ドンッドンッドンッ


「ざーこざーこ!!ざこざこざーこ!!」


風鎚を何度も何度も受けながらも、霊紋戦士は再び封風翡翠の近くまで来ることができた。


「今度は届かせる。巨氷刃」


霊紋戦士は剣に氷を纏わせ、片手剣を両手剣程の大きさにまで変化させた。


「フンっ!!!」


霊紋戦士は身体ごと巨大な氷剣を振り、封風翡翠に斬撃を与えた。


「いやぁぁああ!!!」


風の原精は叫び声のような音を出しながら封風翡翠と共に空高く飛び上がった。


「なんだ?逃げたのか?」


霊紋戦士は空を見上げた。

その時目の見えたのは、翼を何度も羽ばたかせて、こちらに羽根を飛ばしながら触手を暴れさせながら周囲の地形を抉り始めた風の原精だった。


ドォン!!


霊紋戦士が音の先を見ると、そこには羽根が落ちた地面が半球状に抉れていた。


「おぉぉぉ!!!」


風の原精が飛ばした羽根は予想以上であった、当たればひとたまりもないと考えた霊紋戦士は、急いで避け始めた。


ドォン!ドォン!ドォン!


視界の外で鈍く巨大な音がする。


「キェェェェェ!!!!!」


風の原精が猿のような、鷹のような高音を鳴らした。


その時、霊紋戦士が急上昇を始めた。


「なぁ!!んだぁぁ!??」


霊紋戦士は突然の出来事に動揺が隠せず、パニックなっている。


魔女の声が聞こえる。


「落ち着け!!お前は今風の原精によって宙に浮かされている!!クッションは出すお前は衝撃に備えろ!」


魔女の声を聞いた霊紋戦士は冷静さを取り戻し、風の原精の方向へ向き直った。


「ならば、俺がやることは1つ。」


霊紋戦士は剣を捨て、徐々に近づいていく風の原精に両手を向けた。


「全収縮。」


地面の氷柱、凍てつき、全身の氷、剣の氷、その全てが一瞬にして消え去り、代わりに風の原精に向けた両手の平に氷の薄膜が出現した。


「喰らえ。冷気砲」


冷気砲。氷の霊紋に奥義である。

自身に纏う冷気を全て集め、そこから周囲のモノ全てを停止させるレーザーを放つ。

これは本当に意味であらゆるモノを停止させる技であり、どの様な事をしても触れたモノ、近づいたものは二度と自ら動くことは絶対に出来なくなる。この冷気は絶対零度の剣の冷気よりも濃く強い。そして、使った後は暫くの間氷の霊紋は使用できなくなる。


「うっぐぅぁぁ!!」


霊紋戦士は自身の両手が停まる苦痛に耐えながら、封風翡翠に向かって放ち続けている。


冷気砲は風の原精には当たった。


が、しかし。


封風翡翠にまでは届かなかった。


どぉぉぉン!!!!


「がァァァ!!!」


風の原精はすぐに停まった風を捨て、新たな肉体を形成した後に風鎚を霊紋戦士に打ち付けた。


その衝撃で霊紋戦士は地面に向かって吹き飛ばされた。


「…………っつ……ぁぁ……ッガぁ」


あまりにも強い衝撃を受けたことで、全身の骨が砕け停まった両手も砕け散り暫くの間呼吸ができずに悶えた。


魔女の声が聞こえる。


「すまないな。予想以上に勢いが強く魔法製クッションをお前が貫通していった。治癒はするただ、私はそれしかできない。あとはお前がどうにかしろ。」


そう言い切った魔女は霊紋戦士の骨を繋ぎ合わせ、血を増やした。


「魔法は便利だが万能ではない。どうにかして逃げろ。その腕では無理だ。立て直すぞ。」


「ぁ…ぁぁ…断る。」


霊紋戦士は大量の血を吐きながら、全身の苦痛に耐えて立ち上がった。


「ここまでされて逃げ帰るわけにはいかない」


霊紋戦士はそう言うと異なる霊紋を発動させた。


「霊紋開放。樹身蜜息。」


霊紋戦士が呟くと、ベコベコになった鎧に蔦茨が巻き付き、苔が生え始めた。


「魔女よ。俺はしばらく動けなくなる。回収は頼むぞ。聖樹巨像鎧」


霊紋戦士はそう言うと、全身に巨大な樹木製のゴーレムのような鎧を纏った。


「……ぁぁ。全身に聖なる気を感じる。腕が生える感覚というのは気持ちが悪いな。だが、痛みは確実に消えた。」


聖樹巨像鎧。

草の霊紋の奥義。全身に聖樹ユグドースで作られたゴーレムを纏う技。

聖樹は大地の結晶。生命の象徴であり、聖樹で作られたゴーレムは永遠に再生を続ける、そして中にいる生命は絶え間無く聖属性の魔力と生命力を注がれる為、呪いは消え、傷は癒える。

しかし注がれた生命力は自然に抜けるまで許容量を超えた時、肉体は無苦痛の植物状態へとなってしまう。この時、肉体は傷もつかず呪いも掛からず病気にもならない。


「はぁ、この鎧で光を浴びることを禁ずる呪いも消えれば良いのだが……何故消えないのだろうか。」


霊紋戦士はそう呟くと風の原精の方を向いた。


「大樹成長」


霊紋戦士がそう言うと地面から巨大な木が生え、急成長した。


霊紋戦士はそれを登り風の原精に向かっていった。


「キェェェェェ!!!」


風の原精が鳴く。


霊紋戦士は何度も何度も風鎚を受けるが何も気にした様子はなく、木を登り続けている。



3分ほどかけて風の原精まで近づいた霊紋戦士は封風翡翠に向かって手を伸ばす。


「アアアアアアアアア!!!!キェェェェェ!!!!」


風の原精は激しく鳴きながら霊紋戦士に斬鉄の如き烈風をぶつけるが、聖樹巨像鎧は斬られた、砕けた外殻を即座に修復していく。


「終わりだ。」


霊紋戦士はそう呟くと封風翡翠を握り、砕いた。


「hwahwahwafhfhfhfhsawsawslllxowohof」


封風翡翠を砕かれた風の原精は言葉にならない音を鳴らし、身体を構成していた風の魔力を維持できず消えていった。


風の魔力が霧散すると同時に、周囲に吹いていた風も消え失せ、谷には砂粒一つ動かない凪が訪れた。


魔女の声が聞こえる。


「よくやった。想像の外にある力を持っていたな霊紋戦士。後で詳しく聞かせてもらおう。帰るぞ。封印の時間だ。」


その声の後、目の前に転移門が現れた。


「落とさないようにしなければ……」


霊紋戦士は封風翡翠を持つ、聖気を感じる光を淡く帯びる自身の手を見つめながら転移門に入っていった。


◆◆◆


「お前、まだその姿でいたのか。」


「脱いだら暫く動けないのでな。封印が済んだら脱ぐ。」


「そうか。なら良い。何時までもそのデカい図体と聖気を纏っていると邪魔だからな。」

「さて、始めようか。」


魔女はそう言うと、火の原精と殆ど同じ物を出し魔法を唱え始めた。


殆ど、というのは火の原精は火属性を帯びるものを出していたが風の原精には風属性を帯びるものを使用するためだ。


魔女が魔法を唱え終えると、霊紋戦士の手から封風翡翠が、魔女のそばからは出したものが飛んで行き、祭場の中央空中で風の魔力が集まり始めた。


風の魔力は1分ほどで人の腕が生えた球体となり、周囲にキレ味のある風が吹き始めた。


「霊紋戦士」


魔女の声に反応した霊紋戦士は封風翡翠を掴み胸のそばに寄せた後自身の身体を球体のように丸めた。


そこからは火の原精と同様の方法で、風の原精を疑似地獄へ封印した。


「さて、これで終わりだ。霊紋戦士、お前の力について詳しく聞かせろ。」


魔女は疑似地獄を異空間収納に放り込みつつ、霊紋戦士に問うた。


「あぁ、俺が目を覚ましてからな」


霊紋戦士は返事をした後、霊紋の使用をやめ、鎧を消した。


「……はぁ。運んではやらんぞ」


うつ伏せに倒れて動かない霊紋戦士を冷めた目で見つめながら魔女は呟いた。

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魔女と霊紋戦士の旅~逃げ散った六原精を求めて~ Hr4d @Hrad

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