第23話 ジュディの警告は無視しない方が良さそうだ

 右肩に何かが突き刺さった感覚がある。骨まで達していない事を考えると、恐らくナイフ辺りだろうか。


「ちょ、ちょっとぉ。いきなり何すんのよ。やっぱりあたしの事襲いたかった――っ」

 状況をまだ掴めていないのか、文句を言ってきたジュディの口を左手で塞ぐ。


「静かに。敵が近くにいる」

 その言葉で理解したのか、コクコクと首を上下に振った。

 神経を集中し、耳を澄ませる。

 しかし、物音はおろか息遣いさえ聞こえない。相手はかなりの手練れだろう。


「――っぐ! なんだ?」

 突然視界が歪み、冷や汗が流れ出す。

 自分の右肩を確認すると、やはり細身のナイフがそこには突き刺さっていた。傷口がビリビリと痛む。


「ちょっと、大丈夫?」

「ああ、まだ大丈夫だ。恐らく、このスローイングナイフに毒が塗ってあったんだろう」

 肩だけでなく右腕までもが痺れ始めて来た。これではまともに剣を握ることが出来ない。


 どうしたものか。焚火が有るのでこちらの位置は相手に筒抜けだが、こちらからは相手がどこにいるのか分からない。

 解毒草を使いたい所だが、道具袋は焚火の向こう側だ。下手に動けばもう一度ナイフが飛んでくる可能性が高い。


「下手に動くなよ、この暗闇じゃ相手が何処に居るのか分からない」

 俺は解毒草を諦め、仕方なく回復魔法をかけることにする。直接解毒するより効果は低いが、多少痺れやめまいが軽減される。


「それなら平気よ。相手はこれ以上近づくことができないもの」

 どこからそんな自信が湧いて出てくるのか、ジュディは落ち着いた声色で言葉を発した。

 しかし、相手の獲物はナイフだ。仮に近づかなくても遠くから隙を見て投擲する事が出来る。そして、毒で弱った所に止めを刺しにくればいい。なんて陰湿なやり方だろうか。

 だが、ジュディの言う近づくことが出来ないとはどういう事だろうか。


「近づくことが出来ないって、どうしてわかるんだ?」

「分かるっていうか、事実だから」

 そんな意味不明な事を言うと、焚火を挟んだ向こう側の奥の方へ視線を向けた。


「ねぇ、引き返すなら今の内よ。これ以上近づくなら、命の保証はできないわ」

 森の中に身を潜めているであろう相手に向かって、ジュディは語りかけた。


「何が目的かは分からないけど、今なら見逃してあげる」

 なんだか一人で勝手な事を言っている。


「おいおい、勝手に決めるなよ。こっちは攻撃を受けたし、毒に侵されてるんだ」

 小声で抗議の声をあげる。


「それぐらい良いじゃない。すぐに回復するんだし。それよりあたしは無駄に命を奪いたくないだけ」

「いや、俺だって命まで奪おうとは思わないけど、タダで見逃すって訳にも行かないだろう。それに、なぜ俺たちを襲撃したのか謎のままだし」

「この際、そんなことはどうでもいいわ。もう少しで依頼を完了出来るんだから」

 ジュディのいう事も分からなく無い。だが、相手が野党などであればそのまま追い返しても問題ないかも知れないが、もし何かの目的が有ってこちらを襲ってきたのなら再び襲撃にあう可能性もある。少なくとも、相手が誰であるかだけは見定めた方が良いと思うのだが。


 肩の傷を癒しながらどうしたものかと考えていると、森の木々達がざわめきだした。


「最後にもう一度だけ警告するわ。命が惜しかったら、このまま何もせず立ち去って頂戴」

 ジュディがそう警告すると、焚火の向う側から声が聞こえてきた。


「男の方は毒で動けないってのに、俺様も舐められたもんだ」

 そんなセリフと共に姿をあらわしたのは、スキンヘッドの男だった。その頭は焚火の明かりに照らされ光り輝いている。


「あっ! あんたはあの時の!!」

 男の姿を見て、ジュディが驚いた様に声をあげた。そこに立っていたのは、先日ジュディが声をかけ、襲われそうになったスキンヘッドの男だった。


「そうだよ、俺様だよ。お前らの隙をつく為ずーっと待ってんたんだ」

「えっ? ずっとっていつからよ」

「お前らが街を出てからにきまっているだろう」

 街からここに至るまで、俺たちの後を付けていたという事か。一応、常に周りの安全を確認していたつもりだが全く気が付かなかった。以前対峙した時は、それほど強い相手だとは思わなかったが、追跡のスキルに関しては高いのかも知れない。


「うそ、気持ちわる」

 しかし、そんな俺の感想とは違い、ジュディはぼそりと早口で悪態をついた。


「気持ち悪くて悪かったな。だが俺様、ポイズンダガーのアビゲイルはそうやって生きて来たんだ」

「しかも名前もダサっ」

 更に追い討ちをかける。

 確かに俺もその二つ名はどうかと思うが、辛辣すぎるその反応に同情すら覚えた。


「女ぁ! さっきから俺様の事を馬鹿にしやがって。もう許さねぇ。凌辱だけで済ませてやろうと思っていたが、その柔らかそうな腹を掻っ捌いて内臓まで切刻んでやる!」

 アビゲイルは激高した様に声を荒げると、両手にナイフを握った。それは、俺の肩に刺さっているスローイングナイフではなく、刀身が厚く反り返っている形状の物だった。恐らくあれにも毒が塗ってあるだろう。少し掠っただけでもその毒で持って動けなくなる。接近戦が苦手なジュディが心配だが、今もまだまともに動くことが出来ないでいる。


 だが、俺の心配をよそにジュディは悠然と立っている。


「本当の本当に最後の忠告よ。これ以上近づいたら命の保証は出来ないわ」

 一体どこからそんな自信が出てくるのだろうか。今まで黙っていたが、実は魔法より接近戦が得意だとでもいうのか。しかし、ジュディが近接武器を持っていない事は確認済みだ。もしかしたら己が肉体で相手をねじ伏せる技術を持っているのかも知れない。


 だが格闘技が得意であれば、以前相手に拘束されることも無かっただろうし、ましてや筋肉や体の動かし方など見てもそうとは思えない。

 毒の回復に専念しながらそんな事を考えていると、アビゲイルが体勢を低くした。

 恐らく一気に距離を詰めてナイフを突き出してくることだろう。


 しかし、結果は俺の予想をはるかに超えるものだった。

 地面を力強く蹴り、ジュディに肉薄するかと思った瞬間、地面が隆起しアビゲイルを取り囲んだ。まるでそれは、土で出来た牢屋だった。そして、周りの木々から蔦などが伸び、どんどんとアビゲイルの身体に巻き付いていく。


「お、おいおい! なんだこりゃ!?」

 自身の身体に巻き付いて来る蔓などを力づくでほどこうと身じろぎをしているが、それが逆効果で有るかの様に更に全身を覆っていく。


「くそっ! ほどきやがれ!!」

「だから言ったでしょ? これ以上近づくと命の保証は出来ないって」

 格子状の土柱の中でどんどん蔦に覆われているアビゲイルの姿を見つめるジュディの目は少し悲しげだった。


「た、頼む! もうお前たちの命を狙ったりはしないから、助けてくれぇ!」

 土と蔦の牢屋から逃げ出せない事を悟ったのか、情けない声を出し懇願し始めた。


「残念だけど、それは無理よ」

 しかし、そんなアビゲイルの命乞いを冷たい言葉でジュディは否定した。その声色は、まるで感情を押し殺しているかのようだった。


「なぁ頼むって。助けてくれたら何でもするからよぉ」

「だから、あたしにはどうすることも出来ないのよ。敵意を持って近づいてきた相手に反応して絡みつくから」

「い、いやだ! 死にたくない!」

 アビゲイルに絡みつく蔦はどんどんと太くなり、もう顔以外は覆われてしまった。そして、締め付ける力が強くなって来ているのか表情が苦痛に歪み始める。


「く、このくそアマ! 次あったらぜってぇぶっ殺してやるからな! 覚えてやがれ」

 言い終わるが早いか、アビゲイルの全身は全て蔦に覆われてしまった。



 

 

 

 

 

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勇者殺しのキース 玄門 直磨 @kuroto_naoma

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