第22話 ジュディはもはや俺にとって大切な人なのだろうか
アルマを預かり、西の都まであと一日という所で野営をすることにした。
場所は都にほど近い森の中で、この道中幾度となく使っている布で簡易的なテントを張った。森の中は魔物などに襲われる恐れもあったが、平野での野宿は野党の襲撃に遭う可能性が高く、どちらかと言うと野党を相手にする方が面倒くさい。
魔物であればまともに戦わずとも簡単に追い返す事もできるが、野党の場合アルマを人質にとられかねない。それに、まともに接近戦が出来ないジュディの詠唱もカバーしながらの戦闘となると骨が折れる。
追放したパーティーはジュディに対してコスパが悪いなんて言っていたが、俺はそんな風には感じなかった。むしろ、他のパーティーメンバーがジュディに魔法を使わせ過ぎていたのでは無いだろうか。
性格的に何か問題があるかとも思ったが、アルマの世話も積極的に買って出てくれたし、道中も終始明るく振舞っているので、ここまで退屈せずにやって来れた。
きっと、一人で旅を続けていたらこんなことは無かっただろう。
よくよく考えると、ここまで親しくなった女性はセーラ以外では初めてかも知れない。もちろん村には年上から年下まで様々な年齢の女性がおり、会話する事はあったが、あくまで日常会話程度のもので親しい間柄とはとても呼べるものでは無かった。
少なくとも俺はそう思っている。もしかしたら俺に対して親しみを覚えている人もいたかもしれないが、今となっては確かめようが無い。
俺がテントの設営と寝床の準備が終わる頃、ジュディはかき集めてきた木の枝を重ね、それに火をつけた。得意な魔法は土属性との事だが、火をおこすぐらいは出来るらしい。
しかし、木材を集めるだけなのにえらく時間がかかっていた様に感じる。
「よし、上手くいったわね」
ジュディは満足げに頷くと、どうだと言わんばかりにこちらを見て来た。
どうやら、俺が教えた通り焚火の知識を身に付けたらしい。
野営初日は、生木や湿った葉っぱばかりかき集めて来た。生木でも焚火をすることは可能だが、燃やすのに苦労するうえ煙や
確かに火属性の魔法で燃やすだけなのであれば、枯れ木だろうが生木だろうが関係ない。だが、野営の焚火となれば話は別だ。なるべく乾いた木や枝を集める必要があるし、太さなどによっても組み上げ方を工夫しなければならない。なるべく長く火を維持しないと意味がないからだ。
焚火以外にも、簡易テントの設営の仕方や調理の準備など野営の仕方を教えたので、俺と別れた後も一人で旅をすることは可能だろう。
「まぁ、及第点かな」
「やったぁ。アルマ、あたし褒められちゃった」
俺がそう言うと、籠の中のアルマに顔を近づけ嬉しそうに報告をした。俺としてはあまり褒めたつもりは無いし、むしろ逆のリアクションを予想していたのだが、やはりまだまだ彼女の事は深く理解していない様だ。
「けど、やっともうすぐ西の都ね。ここまで何事も無くてホント良かったぁ」
「そうだな。だがまだ油断は出来ない」
そう、本当に何事も無く来すぎているのだ。上手く追っ手を撒けたという可能性もあるが、果たして本当にそうだろうか。俺は周囲の警戒を怠ることなく、食事の準備を始めた。
夕食を作り終えると、アルマを挟みジュディと焚火の前に座って食事をとることにする。
メニューは、干し肉と野菜のスープだ。西の都も近いという事もあり、残りの食材のほとんどを使ってしまう事にした。街に行けば買い物が出来るし、もしこの後戦闘になった場合、荷物が少ない方が良かったからだ。
「そういえばキースはさぁ、何で黒竜に興味があるの? なんかお金目当てじゃ無いっぽいし」
確かジュディが組んでいたパーティは、黒竜の素材がどうとか言っていたか。
「まぁ、ちょっとした個人的な理由だよ」
俺は話を少し濁すことにした。これ以上彼女に深入りするのはやめておいたほうが良いだろう。
場合によってはジュディを危険に巻き込んでしまうかもしれないし、このクエストが終わったら別れる事になしているからだ。
「何それぇ。あたし達ここまで一緒にやってきたパーティじゃん」
俺のその言葉にジュディは頬を膨らませた。
「しかもさぁ、あたしの裸を見たんだからもう特別な関係よね?」
よね? と言われても正直困る。別に見たくて見たわけでは無いし、それにはっきりと見たわけでもない。
「だから見てないって。しかも、半月位一緒のクエストをやっただけだろ」
「ふ〜ん」
納得行かないような表情でこちらの顔を覗き込んでくる。
「……キースってさぁ、優しいよね」
果たしてそうだろうか。俺はジュディに対してそこまで親しげに接して来たわけではない。
「いや、そんなこと無いさ」
「そうかなぁ。確かにぶっきらぼうと言うか、冷たいものの言い方をするときがあるけど、常に気遣ってくれる気配を感じるし、冷たい態度も、あたしを巻き込まないようにしてるって感じがする。優しいからこそ、自ら他人を遠ざけてる、みたいな」
「気のせいだろ。俺は俺がやりたいようにやってるだけさ」
「もっと素直になりなよぉ。ってか、あたしをあなたの人生に巻き込んでよ」
突然の発言に、一瞬思考が止まった。
何だ、それは。プロポーズ的な何かか?
「――あっ! ちちち、違うって! べっ、別に変な意味とかじゃなくて、あの、そのぉ、これからも一緒にパーティを組もうって事!」
俺の沈黙と表情で、自分が何を言ったのか理解したのか、慌てながら自ら解き放った言葉を訂正した。
「キースと居ると安心出来るっていうか、戦闘のリズムとか合うし、それに、何だか危なっかしくて放って置けないんだよね」
ジュディが照れを隠すかのように干し肉をかじる。
「そう言ってくれるのは有り難いけど、俺の個人的な問題にジュディを巻き込む訳にはやはりいかない。それに、大切な人をもう目の前で失うのは嫌なんだ」
そう、もう親しい人の命が自分の掌から落ちていってしまうのが耐えられない。
「なるほど、あたしの事も大切な人だと」
「え? いや、そんな事は無いが」
「ええっ?! 今そう言ったじゃん。目の前で大切な人を失いたくないって」
「ジュディは別枠」
「何それぇ」
明るい笑顔が憤慨したような顔へとコロコロ変わる。
「でも、あまり人を舐めないで欲しいな。簡単に居なくなるなんて思わないでちょうだい」
真剣な眼差しがこちらを向く。
「確かに私の姉も急に居なくなっちゃったけど、きっとどこかで生きてるって信じてる。ううん。生きてるって感じるの」
「それは、双子だからか?」
「う〜ん、まぁそんな感じかなぁ。あたしより賢くて器用だから、普通に生活してると思うんだ」
「そうか……」
ジュディの姉がどういった感じなのかは想像がつかないが、もし正反対だとしたら確かに賢くて器用そうだ。
「姉が居なくなったのはいつなんだ?」
「七年位前かなぁ。十三歳の時だったから。身の回りの荷物だけ持って、いつの間にか、ね」
そう言い軽くため息をつくと、パチパチと燃える焚火に目を落とす。
「その日は全然気が付かなくてね。次の日になって近場をあちこち探したけど見当たらなくて、しばらく経ってやって来た行商人から、それらしい人物を見たって言われて、そこではじめて出て行ったことを理解したの」
「何か、書き置きとかも無かったのか?」
「うん、全然。別に喧嘩中とかそういう事も無かったんだけどね」
それでも、ジュディの姉は家を出ざるを得ない理由や、目的が有ったのだろう。
「まぁでも、だからこうしてキースと出会えたわけだし、悪い事ばかりでも無いかなって思えるの」
「パーティは追放されたのに?」
「ちょっとぉ、それは言わないでよ」
拳で軽く肩を殴られた。
「確かにあたしは追放されたけど、何となく馬が合って無かった所は有ったんだよね。こっちのやりたい事や求めてる物が分かってもらえなかったし」
その感覚は何となくわかる気がする。ジュディが酒場を出てからの会話を少し聞いていたが、人に対する配慮や謙虚さが感じられなかった。特に、ジュディに別れを告げたあのリーダらしき男。奴とは一番ウマが合わないだろう。
もし俺が、どこかのパーティーに入ろうと思ったとしても、あのパーティーにだけは絶対入らない。仮に加入したとしても、速攻で自ら脱退を申し出てしまいそうだ。
「でも、キースならあたしが何をしようとしているのか、何をして欲しいのか分かってくれてる気がするのよ」
「それは買いかぶり過ぎだろ。俺は面倒なことが嫌いで、どうすれば一番効率が良いか考えてるだけだって」
「ほらぁ、それよそれ」
「それって、どれ?」
ジュディが何を言わんとしているのか全く見当がつかない。
「ただの面倒くさがりが、建物の修繕とか地味なクエストばっかりやらないでしょ? もっとも効率よく稼ぐんだったら、報酬の高い討伐クエストをこなした方が良いに決まってるじゃない」
「討伐クエストは討伐クエストで面倒だろうよ。標的の生息地とかまで行かなくちゃならないんだ。クエストによっては数日かかる訳だろ? だったらその分、街の中で数をこなした方が無駄な時間をかけずに済むって話だ」
「う~ん、チョット違うんだよなぁ。伝わらないかなぁ」
ジュディが唸りながら小首を傾げている。
その時だ。
突然、空を切り裂きながら何かが飛来する音が聞こえた。
「――っ!!」
俺は咄嗟にアルマとジュディに覆いかぶさった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます