第21話 赤ちゃんのほっぺたはどうしてつつきたくなるのだろうか

 掲示板に行ってみると、やはりまだ例のクエストは募集中だった。恐らく男女ペアという条件がネックなのかも知れない。

 早速クエストを受注しに協会へと足を運ぶ。

 

 協会のドアを開くと、一直線にカウンターへ向かいクエストの詳細を尋ねてみた。やはり詳しい内容は実際に受注してからでないと教えられないとの事だった。


 特に今回の依頼に関しては、冒険者に情報提供をあまりしないように言われているらしい。

 だが、受付嬢がキョロキョロと辺りを見回し、近くに人が居ないことを確認すると「特別ですよ」と少しだけ教えてもらう事が出来た。恐らく、ここまで積み重ねてきた信頼の賜物だろう。


 受付嬢曰く、男女ペアでしかもある程度若くないとダメとの事だった。幸いにも俺らはその範囲に入っているらしく、受注は可能で、大まかな内容はとある重要人物の護衛らしい。


 男女ペアが条件とありもっと特殊な任務を想像していたが、通常の護衛任務なら問題なさそうだ。だが、報酬が高額なのとやはり若い男女ペアというのが引っかかる。


 クエストが貼りだされてから何組かの即席ペアが訪れたそうだが、年齢が離れていたり、片方が自称女を語る男のペアも来たらしい。『そのペアにはかなり粘られた』と受付嬢は言ったが、『生物として男女ペアじゃないと受注出来ない、もしついているなら、私が今ここで切り落としましょうか?』と言ったら、すごすごと退散したそうだ。


 そこまでして男女ペアにこだわる理由が気になる所ではあるが、十分な路銀が欲しい。


「どうする? 俺は受注しても問題ないと思うが」

「え? あたしは始めからやるつもりだったけど?」

 確かにそうだ。そもそもこのクエストを受けるため俺に声をかけてきたし、酒場でもペアになる男を探していた。


「護衛かぁ、一体どんな人なんだろ」

「まぁ、受けると決めたんだ。どんな相手でも無事目的地まで送り届けるまでさ」

 カウンターの受付嬢に受注する事を伝えると、珍しく奥の部屋に通された。


 通常であればまず奥の部屋に通されることは無く、そのまま依頼主の元や討伐対象のいるエリアに向かうのだが、一体どういう事だろうか。


 ジュディと二人で奥の部屋へ入ると、一人の中年の女性が佇んでいた。


「あぁ、良かった。優しそうな人たちで」

 本当に思わず口から出たのだろう。その言葉を発した後、しまったと言った表情で俯いた。


「あなたが護衛して欲しい人?」

 ジュディは先ほどの言葉を一切気にした風ではなく、そう尋ねた。


「い、いえ。護衛して頂きたいのは私ではなくこの子です」

 中年の女性はそう言うと後ろを振り向き、ベビーベッドで寝ていた赤ん坊を抱きかかえた。


「わぁ、可愛い~~」

 その愛らしい寝顔にジュディが甲高い声をあげる。そして、赤ん坊に近づき「ほっぺたぷにぷにしていい?」などと聞く。


「それで、あんた達をどこまで連れて行けば良いんだ?」

 赤ん坊のほっぺたを嬉しそうに突っついているジュディをほっといて重要事項を確認する。先ずはクエストの目的と達成条件を確認しなければならない。


「いえ、私は護衛しなくて構いません。この子だけ、この子だけを西の都へ連れて行って欲しいんです」

「ちょっと待て、西の都って言ったらここから半月はかかるじゃないか。俺は赤子の世話なんかした事ないぞ?」

「それでも、お願いしたいんです。あまり詳しく言えませんが、この子は命を狙われているんです。旅の道中、私一人では守り切れませんし、それに女一人では怪しまれるかもしれない」

「でも、ここまで一人で来たんだろう?」

「いえ、途中まではもう一人いました。けど、途中で追手に追いつかれ……」

 死んだ、という事か。


「でも、あなたが母親よね? この子が寂しがるんじゃない?」

「それが、私はこの子の母親では無いんです……」

「なるほど、だから若い男女ペアなのか」

「え? どういう事?」

 ジュディはいまいちピンと来ていないらしい。


「追手をどこで巻いたか知らないが、向こうはこの女性一人だと思っている。だから男女二人でこの子を運べば見つかる可能性が低くなるってわけだ。それに、西の都に至る道には検問がある。その検問を突破するのにも夫婦を装った方が安全に都まで行けるからな」

「えぇ!? あたしとキースが夫婦! やだ~も~」

 驚いた様に、恥ずかしがるように体をクネクネと揺らす。気にするところはソコじゃない気がするが。


「まぁでも確かに~、あたしの裸を見たからにはその責任をとってもらわなくちゃね~」

「だから捏造するなって……。それで、その子を西の都へ連れて行ってどうするんだ?」

「教会へ行ってください。そうすればこの子を預かってくれますし、残りの報酬もそこでお支払いいたします」

「あれ? 報酬ってこっちに戻ってからじゃないの?」

 クエスト報酬は、基本クエストを受注した協会で受け取る流れだ。だが、依頼主の希望により納品先での支払いを選択する事も出来るようになっている。けどそれは稀であり、納品先が遠方やクエスト期間が長期にわたる場合、または依頼主に手持ちが少ない場合などに限られる。しかし、おそらく今回は別の理由がありそうだ。


「はい。確実にこの子を西の都へ届けてもらうためです」

「そんなに心配しなくたって、あたし達はちゃんと届けるよ~。ね? キース」

「いや、送り届けるのは間違いないが、この人からすれば保険をかけておきたいんだよ」

「え? どういう事よ」

「もしクエスト報酬の支払いがこの街だったとする。そうすると、赤ん坊を西の都へ送らずとも報酬を受け取れてしまうだろう?」

 ジュディの頭にははてなマークが浮かんでいる。


「つまりだ、赤ん坊をどこかに棄てる、他の誰かに売り渡す、そしてある程度期間を開けてノコノコと報酬を受け取りに来る。それを恐れているんだよ」

「何それ!? そんなやついるわけないじゃん!」

「いや、いるんだよ実際。クエストを依頼通りに完了していないにも関わらず報酬を受けとる輩が」

「でもでも、受注書に受け取りのサインを貰うでしょ? それが有ればそんな事出来ないじゃない」

「そんなもん、いくらでも偽造が出来るさ。受取人の名前が分かっていれば、他人に書いてもらえばいいんだから」

「むむぅぅぅ!」

 口をすぼめる様に難しい顔をし、ジュディは押し黙ってしまった。


 俺も初めはそんな奴らがいるとは思わなかった。だが現実には一定数存在する事が、この街に滞在して分かった。ただ勿論、クエスト協会側が何もしていない訳ではない。クエストを受注するためには自分の名前などを協会に登録する必要があるし、こなしたクエスト数や難易度によってランク付けがされるシステムになっている。そのランクによって受注できるクエストが変わってくるので、協会に登録している冒険者はみな自分のランクを示す石を持っている。それを見せれば他の町でも同じランクが適用されるため、初めて訪れた町などでも高難易度や高収入のクエストが受けられるようになっているのだ。そのため、不正がバレた場合降格処分となる。


「まぁとにかく、俺たちは問題なく送り届けてやれば良いだけさ」

 追われている。という点に少し引っかかるが、今更拒否する訳にもいかないだろう。ジュディは赤ん坊の事を気に入っている様だし。


「そうね。ところで、この子の名前は?」

 そうジュディが訪ねると、女性は何か戸惑ったような考え事をするかのように視線を泳がせると、

「アルマ」

 とだけ呟いた。


「アルマ君か~。可愛い顔してるから女の子かと思っちゃったよ~」

 ジュディは再び頬を緩ませると、アルマの柔らかいほっぺたをまた突きだした。


 名前自体は特に問題無いが、俺はその女性の仕草に違和感を覚えた。確かに自分の子供では無いためすぐに名前が出てこないのは仕方ない。しかしながら答えるまで時間を要し、それが言いたくないと言った感じでは無く、今考えてとって付けた様な印象だった。


「この子は一体なんだ? クエストを依頼してまで西の都へ届けようとする。一般市民であったらそんなことはしないはずだ」

 俺はあえて突っ込んだ質問をぶつけてみた。


 女はその問いに目を伏せると、「私の口からは、言えません」そう言い押し黙ってしまった。


「まぁまぁ。この子が何であれ無事に送り届ければ良いだけでしょ」

「確かにそうだが……」

 だが、違和感は拭いきれない。決してこの女が何か騙しているとかいう事ではない。この赤ん坊を預かることで、何か大変な事に巻き込まれてしまいそうな予感がするのだ。


 いまは一刻も早くカイルの所在を掴まなければならないというのに。

 

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勇者殺しのキース 玄門 直磨 @kuroto_naoma

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