第20話 焼き直したパンてこんなに美味しかったんだな。
朝目覚めると、ベッドの上にはジュディの姿は無かった。特に何かお礼を求めている訳では無かったが、一言ぐらいあっても良かったのではないか。無言で出て行ってしまった事に少し残念な気がするが、布団はきちんと畳まれており、そういう所には無頓着かと思っていたが、案外気遣いが出来るらしい。
「さて、クエストの確認がてらトレーニングをするか」
昨日の今日で新しいクエストが増えてる可能性は低いが、一応チェックしてみる事にする。深夜や早朝に緊急で貼られる事も有るからだ。
朝の身支度を整えていると、部屋のドアが勢いよく開かれた。
そこに居たのは両腕で大きな布袋を抱えたジュディだった。
「よっと、ただいま~」
ただいま、というのはどういう事だろうか。もしやここを自分の拠点にしようとしているんじゃないだろうな。
「ただいま、は良いとして、その荷物はどうしたんだ?」
「あぁコレ? 朝ごはんよ。早朝に薬草摘みのクエストこなして、朝市でパンとか果物とか買ってきたの」
袋の中身をばら撒かないように、慎重な動きで部屋に入ってくると、テーブル上に荷物をドサリと置く。
「そ、そうか。それにしてもその量、もしかしてクエスト報酬すべて使ったのか?」
「えぇそうよ。今日の朝食と、当面の食料を買っちゃおうと思って」
ジュディはにこやかに言うが、俺は頭を抱えた。
彼女が身に付けているのは、昨日俺が渡した上着だ。勿論サイズは有っていない。薬草摘みの報酬金は少ないが、二人分の朝食を買ったとしても服の一着は買えるだろう。しかし、その全てを食材につぎ込んでしまった。やはり、この辺りも追放される原因なのでは、と思ってしまう。
俺が金を渡す、もしくは服を買ってやれば早いのかも知れないが、そこまで甘やかすつもりは無かった。
「仕方ない。おい、服を脱げ」
「えっ!? ちょっと! 朝からいきなり何よ!? やっぱり体が目当てなの?」
驚いた様な声を上げると、体を庇うように腕を交差させた。
「違う、そうじゃない。俺が貸した上着を寄こせって言ってるんだ」
「だ、だから服を脱げって事でしょ? それってつまり――」
「いいから、早く」
「は、はいぃぃ!」
ジュディは後ろ向きに上着を脱いだ後、それを手渡して来た。そして、何を勘違いしたのかベッドの上にこちらに背を向け座ると、
「あたしも覚悟を決めたわ。だ、だから……好きにして!」
とのたまった。
俺はそれを無視すると、道具袋からとある道具を取り出す。
裁縫用のハサミと針、そして糸だ。
着ていた時の感じから大体のサイズ感は分かっている。余分な部分を切り、袖や裾などを詰めていく。
しばらくすると、いつまでたっても襲われる気配が無い事に気が付いたのか、ジュディが顔だけ振り向いてきた。
「え? うそ、何やってるの?」
「服のサイズを直してるんだよ。ほら、出来たぞ」
完成した物をジュディに向けて投げる。
「あ、ありがとう」
そう言って服を受け取ったジュディは、すぐに身に付けずにじっと服を見つめている。
「どうした? やっぱり俺のおさがりは嫌か? 買ったばかりでまだ数回しか着て無いんだけど」
「ううん、違うの。双子の姉を思い出しちゃって」
「双子の、姉?」
「うん。あたしと違ってすごくしっかり者で、料理や裁縫も得意だったの。あたしってほら、そそっかしい所があるでしょ? だからよく服とかを破ったりしてたんだけど、その度によく直してもらってたのよね」
あるでしょ? と言われてもまだよくは知らないが、何となくわかる気がする。
「そっか。それで、その姉は?」
「いきなりいなくなっちゃったの。別に喧嘩をしたとかそう言うのは無かったんだけど、気付いたらいなくなってて……。だから、冒険者になって色んな所をまわっていれば、いずれまた会えるかなって思ってたんだけど……」
「パーティーを追放された、と」
「ちょっ! どうして知ってるのよ!?」
「いや、その時たまたま酒場にいたから、チョットだけ会話が聞こえてたんだよ」
まぁ、たまたまというのは間違っていないが、聞こえていたわけじゃ無くしっかりと聞き耳を立てていたが。
「そうなんだ。まぁ、確かにあの時大きな声を出しちゃったからね」
「彼らとは、どこで?」
「ここから南西の方にある大きな街よ。魔法使いを探しているっていうからパーティーに志願したの。でも、結果足手まといだったみたいね」
確かに彼らは言っていた。魔法を放つまでの詠唱が長いため、それを守らなければならないし、魔力の消費が激しくコスパが悪いと。
「確か、黒竜を退治しに行く、とか言っていなかったか?」
「ええそうよ。あたしたちは直接見たわけでは無いんだけど、黒竜が現れて北へ向かったって情報を手に入れたの。だから、その黒竜を討伐して素材を持ちかえれば大金持ちになれるって事になって北を目指して来たのよ」
「そうか。他にその黒竜についての情報はないか?」
「う~ん。あたしも北へ向かったって事ぐらいしか……」
やはり、黒竜に関しての有力な情報はあまり無いらしい。北方からの旅人にも出会う事が出来ていないため、自分の足で向かうしかないだろう。
「もしかして、キースも北へ向かうつもりなの?」
「あぁ。その黒竜に関して、俺も興味があってね」
「じゃあ、やっぱりあたしとパーティーを組むべきよ! だって、一人だと心細いでしょ?」
「いや、生憎一人の方が気楽なんでね。もうしばらくしたら、ここを引き払うつもりだ」
「えぇ~~そんなぁ。そしたらあたし、どこに泊まればいいの?」
やはり、この女はここを拠点にするつもりだった様だ。それに、心細いのはジュディの方だろう。
「そんなん、クエストをこなして自分で宿代を稼げばいい話だろ?」
「あたし一人じゃ討伐クエストとか無理だって~~」
「別に討伐クエストだけじゃなく、採取や手伝い系の物だってあるだろ?」
「採取はまぁ出来なくも無いけど、お手伝い系はあたし、物をよく壊すからダメなのよ」
悪びれも無くあっけらかんと言い放つ。
「あっ! そ~だ。じゃあ、最後にあの男女ペアのクエストを手伝ってよ。そしたらもう、パーティーに誘わないからさ」
さて、どうしたものか。確かに俺自身、北へ旅立つのに路銀が欲しい。件のクエストは、詳細はまだ分からないが結構いい額の依頼料だった。もし本当にこれ以上絡んでくることが無くなるとすれば、こちら側にもメリットがあるだろう。だが、そこまでジュディを甘やかして良いのか、という思いもある。これ以上深くかかわると、なんだか放っておけなくなりそうな気がした。
「分かった。けど、やるかやらないかはクエストの詳細を聞いてからだ」
一応クエストを受ける際、掲示板に貼られている以外の情報を聞くことが出来る。さらに詳細を聞きたい場合は受領してからになるのだが、その前段階の情報でも受けるか受けないかの判断基準になる。なのでまずは、ジュディと二人でクエスト協会に行く必要がある。
「やったぁ! じゃあ、朝食をとったら早速向かいましょ」
ジュディは買ってきたパン二つと干し肉二枚を袋から取り出すと、初級の火炎魔法であぶりだした。
「もしかして、普段からそんな事をしているのか?」
「えぇそうよ。パンは焼き直した方が美味しいもの」
なるほど。そりゃコスパも悪くなるわ、と思わず納得してしまった。
「はい、キースの分」
そう言って手渡されたパンと干し肉からは、確かに食欲をそそる良い匂いがした。パンを一口かじると、外側はカリッとし、中はモチモチとした歯ごたえだった。そしてはふんわりと小麦の香りが口いっぱいに広がった。干し肉の方はいつも筋っぽくて硬いが、少し柔らかくなっていてこんがりとした部分が香ばしい。確かにジュディの言う通り、焼き直したパンは美味しかった。
「さぁ、それじゃクエストに出発よ」
二人してあっという間に朝食を平らげると、素早く身支度を済ませ宿を出発した。
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