第207話 プンプンする

 ニャーゴさんは、結局、どの錬金術の道具も購入することはなかった。ちょっと首を左右に振ると、そのまま丁寧な手つきで元の場所に戻した。

 もちろん、ボクもそれらの売り物を買うようなことはなかったぞ。


「ニャーゴさん、さっきのお店、どうでした?」


 そのまま無言で馬車へと戻ったところでそう尋ねてみた。結果はなんとなく分かる。でも、現状を知っておく必要はあると思うんだよね。

 それによっては、ノースウエストでの錬金術の道具を売る方法についても、考え直さないといけないかもしれない。


 ちゃんとした物であることを証明するために、お店に鑑定の置くか、もしくは最初から錬金術の道具を売りに出さないという方法もあるな。

 すごい錬金術の道具が置いてあるとウワサになって、人が集まってくるかもしれない。それに転売目的で買いあさる人が出てくるかもしれないからね。人族って、本当に油断できない人種だと思う。気をつけないと。


 ボクの質問に、ニャーゴさんが無言で首を左右に振った。やっぱりニャーゴさんの納得できるような品質の物ではなかったみたいだな。

 だが前回みたいに、怒ることはなかったので、本物であることは間違いないみたいだ。


「トマスさんはどこのお店で解毒剤を買ったのかな?」

「直接トマスさんに聞いてみなければ分かりませんが、貴族が愛用するお店があるのではないでしょうか?」


 ニャーゴさんがちょっと考えるような仕草をしながらそう言った。


「なるほど、そこなら確かに、品質のいい物が手に入りそうですよね」


 納得した。ボクたちが行ったのは、大通りにある、いわゆる庶民向けのお店である。おそらくそこには、庶民の手にも届く値段の物ばかりが置いてあるはずだ。

 きっとそれは錬金術の道具も同じ。そしてその値段の錬金術の道具なら、ニャーゴさんが首をひねるくらいの品質の物しか置けなかったに違いない。


 その一方で、領都にあると思われる、貴族がたくさん住む場所にあるお店なら、品質の高い物が売られていることだろう。トマスさんはそこで解毒剤を購入したに違いない。

 値段もずっと高くなるんだろうな。


「ニャーゴ、気になるならそっちのお店にも行ってみるか?」


 デニス親方の提案に、首を振って答えるニャーゴさん。その視線はうつむいたままである。


「いえ、結構です。先ほどのお店で大体のことが分かりましたからね。人族の錬金術の道具に対する知識は低いと聞いていましたが、これほどまでとは思いませんでした」


 ついには大きなため息を吐いた。どうやら人族の技術力の低さは、他の種族でも評判のようである。

 同じ人族として、ちょっと胸にくるものがあるな。なんか、ごめんなさい。


「リディル様がいとも簡単に錬金術の道具を作ったので、他の人族もそうなのかと思っていましたが、そんなことはなかったみたいですね」

「まあ、そうでしょうね。リディルくんは特別ですからね」

「ミュ」

「そうだな、坊主は特別だからな」

「ちょっとみんな、ボクをなんだと思ってるの!?」


 なんだろう、この感じ。なんだかボクが普通じゃないみたいな言い方だぞ。確かにボクには前世の知識があったり、世界樹の守り人に選ばれたりはしているけど、ごくごく普通の人族だからね?

 あ、フェロールも苦笑いしている。もしかして、フェロールもみんなと同じように思ってる? プンプン。


「ニャーゴさん、錬金術の道具をノースウエストで売りに出すのはよくないですかね? なんだかこのままだと、大騒ぎになりそうな気がするんですけど」

「確かにその可能性はありますね。高品質の錬金術の道具を求めて、ノースウエストに大勢の人が集まってくるかもしれません」


 考え込むニャーゴさん。やっぱりその可能性があると思ったのはボクだけじゃなかったみたいだ。アルフレッド先生も、デニス親方も、同じように考え込んでいる。もちろん、ミューもである。


「リディル様はノースウエストに人を集めたいと思っていらっしゃるのですよね?」

「そうなんだけど、なんだかそうでもないような気がしてきたよ」

「人を集めるならば、多少は有名にならなければなりませんからな。すでにノースウエストはお酒が有名な町になりつつあるようです。それならば、多少、品質のよい錬金術の道具を売っても、問題ないのではないでしょうか?」

「なるほど、そういう考え方もあるか」


 もう人が集まりつつあるのなら、今さら錬金術の道具を売りに出さないと決めたところで、あまり影響はないのかもしれないな。

 それにボクの本心としては、本当に錬金術の道具が必要な人には、なるべく売ってあげたいと思っている。

 今回のローランドくんのように、救える命もきっとあると思うから。


「それじゃ、品質を分けて売りに出すことにしましょう。高品質の錬金術の道具は、ボクたちが認めた人にしか売らないようにするのはどうかな? それなら買い占められることもないと思いますけど」

「そうですね、ひとまずそれで様子を見ることにしましょうか」

「そうするしかないな。錬金術の道具の買い占めか。考えたこともなかったが、坊主がそう言うのであれば可能性があるんだな。確かにドワーフも酒を買い占めることがあるか」


 うなずくアルフレッド先生とデニス親方。

 どうやら買い占めはドワーフ社会でもあるみたいだね。ただし、お酒に限る。さすがはドワーフ。

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