第206話 領都を見学する

 食事のあとはお風呂に入り、明日に備えて眠ることにした。明日の領都見学については、夕食のときにカリサ伯爵に話している。

 護衛をつけるか、と聞かれたが断った。ボクには頼れる護衛がすでにいるからね。それに、カリサ伯爵家の家紋のついた騎士たちに護衛されていたら、いらない注目を集めることになってしまう。


 できれば普段通りの領都を見学したいと思っている。そこでノースウエストとの違いをたくさん見つけて、少しでも領都に近づけるように、領主としてがんばりたいところだね。

 こんなことなら、王都の街並みを見学しておけばよかった。まあ、ボクが王都の見学へ行く話なんて、一度もなかったけどさ。




 翌日、朝食を食べると、さっそく領都へと出発した。トマスさんはすぐに、「今夜、宿泊する宿を手配しておきます」と言って、一緒に来ていた護衛の人たちと一緒にどこかへと出かけて行った。


 お昼はトマスさんも一緒に食べることにしているので、そのときに合流することになると思う。もちろん、どこの料理屋に集まるのかはちゃんと決めてあるぞ。


 朝食の時間に「夜は領都の宿屋に泊まるつもりだ」とカリサ伯爵に話すと、ものすごく渋い顔をされた。どうやら今日も泊まってもらうつもりだったようである。

 昨日よりも元気そうな様子のローランドくんも残念そうだった。


 でも、まだまだローランドくんの回復には時間がかかるし、カリサ伯爵家の人たちが、家族と一緒に過ごす時間は必要だと思うんだよね。

 ボクたちがいると、どうしても気をつかわなくてはいけなくなる。これでもボクは王子様なのだから。


「はあ、なんでボクは王子なんだろう……」

「リディル様……おいたわしい」

「仕方がないですよ、リディルくん。生まれはだれにも決めることはできませんからね」

「そうだぜ、坊主。きっとそのうち、いいこともあるさ」


 ボクを元気づけようと思ったのか、そう言ってからデニス親方がガッハッハと笑っている。

 本当にそんな日が来ればいいんだけど。


 馬車が少し進んだところで、だんだんと周囲がにぎやかになってきた。大通りが近いのだろう。窓から道行く人たちを観察すると、みんな違った服を身につけていた。

 隣町の人たちよりも、ずっとおしゃれだね。ノースウエストとは、比べるのもおこがましいくらいである。


「ノースウエストにはもっと服を売るお店を増やさないといけませんね」

「エルフの仕立屋が張り切っていますけど、日常で使うにはちょっと向かないですからね」


 そうなんだよね。エルフの作った服はとっても鮮やかで、きれいで、すばらしいんだけど、それゆえに着るのがもったいないんだよね。値段はそこまで高くはないんだけどさ。

 パーティーとかなら遠慮なく着て行くことができるんだろうけど。


「布の種類は綿みたいですね」

「そのようですね。絹ではなさそうです」

「そうなると綿花の栽培が必要になるのかな? でも、綿花は土地を荒れさせることがあるので、あまり気が進みませんね」

「おや、よく知ってますね。それなら絹にすればいいではないですか」

「うーん」


 絹は絹で大変そうなんだよね。桑を育てないといけないし、蚕も育てなければならない。それには新しい技術の習得が必要だ。

 それに対して綿花の栽培は作物の栽培を延長したようなものだからね。こっちの方がなじみやすいと思う。


「坊主、悩むくらいなら、両方やってみたらどうだ? ついでにノースウエストにはどちらが合うのかも試してから悩んでも、遅くはないはずだぜ?」

「そうだね、デニス親方の言う通りだね。そうしよう」


 先延ばしにしている感じではあるけど、まだうまくいくかどうかも分からないからね。まずはなんでもやってみよう。なんでもかんでも、最初からうまくやる必要はないのだ。


「リディル様、あっちで薬を売っているみたいですよ」

「行ってみましょう」


 ニャーゴさんが指差した場所には確かに魔法薬のビンのような物が並んでいるお店があった。きっとどんな錬金術の道具が売られているのか、気になるのだろう。ボクも気になる。


 領都では、どうやら普通に錬金術の道具が売られているみたいだ。これならノースウエストで錬金術の道具を売りに出しても、問題にはならないはずだぞ。

 お店に到着するとさっそく売り物を見せてもらった。ボクたちの身なりが貴族に準ずるものだったので、店員さんの態度が丁寧な感じになっているみたいだね。


「フムフム、これは……」


 さっそくニャーゴさんが怪しげなビンを手に持って鑑定し始めた。お店の人は鑑定の魔道具のことは知らないみたいで、ニャーゴさんの様子を不思議そうな目で見ていた。

 端から見れば、虫眼鏡で見ているだけだからね。何をしているのかと首をひねりたくなるのも分かる。


 その後も次々と鑑定していくニャーゴさん。その顔はだんだんと引きつっていた。どうやら人族の領都で売られている錬金術の道具は、どれも微妙なものであるらしい。

 隣町で開催されていた、のみの市で見かけた錬金術の道具よりはいいものだと思いたい。


 せめて、使えるものであればいいんだけど。のみの市にあったのは危険な道具ばかりだったからね。

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