第189話 解毒剤を使う

「トマスさん、何があったのですか?」

「それが、数日前からサリーが病にふしておりまして」

「え、病気ですか!? あの、魔法薬は飲ませてたのですよね?」

「もちろんです。ですが、回復する兆しがなくてですね……」


 ますます暗い顔になるトマスさん。これは気になるな。ちょっとでもいいから、どんな状態なのかを見たいところである。

 でも、ボクが見たところでどうすることも……いや、待てよ。


「トマスさん、ボクが作った解毒剤を使わせてもらえませんか? 錬金術に精通している方に教えてもらって作ったので、効き目は高いと思います」

「いや、しかし……」

「心配はいらねえぜ。ニャーゴが坊主の作った魔法薬はよくできているってほめていたからな」

「そうッスよ。確か、病も治せるって言ってたはずッス」

「ほ、本当ですか!?」


 トマスさんの顔色が変わった。確かにニャーゴさんがそんなことを言っていたようなきがする。解毒剤は病も治せるって。それならもしかすると、サリー嬢の病気を治すことができるかもしれない。


「うまくいくかは分かりませんが、試してみる価値はあると思います」

「リディル様、よろしくお願いします」


 覚悟が決まったようである。トマスさんが深々と頭を下げた。つまり、それほどまでにサリー嬢の病状が重いということである。

 トマスさんに案内されて、奥の部屋へと進む。そこにはベッドに横たわったサリー嬢と、トマスさんの奥さんの姿があった。


 サリー嬢の意識はないみたいだ。それに、とても苦しそうな顔をしている。顔色も、青を通り越して、土気色に変わりつつあった。

 これはもしかしなくてもまずい状況なのではないだろうか。


「あなた……」

「リディル様がよく効く解毒剤を持ってきて下さった。試してみようと思う。これでダメなら」


 それ以上は言わなかったが、沈痛な面持ちになっているトマスさん。それを見て、奥さんも同じような顔になっている。

 これで効果がなかったら、急いで戻って、ニャーゴさんからもっとすごい魔法薬をもらって来なくちゃ。


 マジックバッグから解毒剤を取り出し、トマスさんに渡す。それをトマスさんが慎重な手つきでサリー嬢へ飲ませた。

 まさかこんな形でボクの作った解毒剤を試すことになるとは思わなかった。ちゃんと効果があればいいんだけど。


 祈るような気持ちで見守っていると、すぐにサリー嬢の顔に変化があった。あんなに苦しそうな顔をしていたのに、今はなんだか安らかな表情になっている。

 色を失っていた顔には、今はほのかな朱色が戻りつつある。どうやら効果があったみたいだね。


「ミュ」

「もう大丈夫みたいだね」

「ミュ」


 ミューは何かを感じ取ったのか、納得の表情でうなずいた。

 改めてサリー嬢の様子を確認する。呼吸も落ち着いているみたいだし、問題ないように思える。


 こんなときに病気に詳しい人がいてくれたらよかったのに。さすがに鑑定の魔道具では病気までは見通せないようである。

 そんな風に思っていたのだが、どうやら病気に詳しい人物がいたようだ。フェロールである。


「わたくしによく見せていただけませんでしょうか? こう見えても、それなりに毒や病に関しては詳しいので」

「フェロールさん、よろしくお願いします」


 トマスさんが場所を空ける。邪魔になりそうなので、ボクも一緒にデニス親方とルミ姉さんのところまで下がった。もちろんミューを抱いたままである。


「坊ちゃん、フェロールさんって何者なんですか?」

「色々と裏の顔があるみたいたよ」


 なんとなく言わない方がいいような気がしたので、フェロールが闇の住人であることはあやふやにしておいた。だが、さすがに察したようである。ルミ姉さんはそれ以上、何も言わずに、ゆっくりと何度かうなずいていた。


「ふむ、どうやら問題ないみたいですね。リディル様が作った解毒剤はしっかりと効いているようですぞ」


 脈を測りながら、フェロールがそう言った。フェロールがそう言うのであればそうなのだろう。どうやら峠は越えたみたいだね。無事なようでよかった。

 それを聞いたトマスさんと奥さんが今にも泣き出しそうな顔で、サリー嬢の顔をなでていた。


 ボクたちはお邪魔かな? 出直すことにしよう。そう思っていたのだが、ボクたちが退出するよりも早くサリー嬢が目を覚ました。どうやら解毒剤の効果は抜群だったみたいだね。


「お父さん? お母さん? それに、リディル様?」

「ミュ!」

「ミューちゃんもいるのね。あれ? 私……」


 どうやらまだ頭がついてきていないみたいだね。それによく見ると、少しやせているようにも見えた。何も食べていないのかもしれない。

 これは無理をさせるわけにはいかないな。


「サリー嬢はさっきまで病気で眠っていたのですよ」

「そうだったのですね。なんだかボンヤリしていて、よく覚えていないです」

「眠っていたみたいですからね。今はまだ、安静にしておいた方がいいと思います。しっかり食事をして、体を元気にして下さいね。それじゃ、ボクたちはこれで」

「ミュ」

「もう行ってしまわれるのですね……」


 なんだか寂しそうにしているサリー嬢。でも、ボクたちがここにいたら、きっとサリー嬢は無理をするはずだ。しっかりとよくなってもらうためにも、今は帰ることにしよう。

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