第186話 世界樹さんの秘密は謎のまま

 記憶をたどるかのように、トントンと指で頭をたたいているデニス親方。ややあって、こちらへと顔を向けた。


「世界樹が急激に成長するためには、周囲に大量の魔力が満ちている必要があるって聞いてことがあるな」

「周囲に魔力が……でも、前に大きくなったときは、別に魔力が増えたみたいなことはなかったよね?」

「確かにそうだな。俺が聞いた話はあくまでも伝承だったから、正確な話じゃないのかもしれねえ。その可能性があるという話だっんじゃねえかな?」


 そうなのか。世界樹については、分からないことだらけみたいだね。そのことが分かっただけでもありがたい。

 つまり、世界樹さんのことを考えてもどうにもならないってこと。


 それならこれまで通り、自分のやれることをやっていくだけだ。でも、世界樹のことが分からないのは仕方がないことなのかもしれない。世界樹が急成長する場面に遭遇することなんて、ほぼないだろうからね。ボクたちは運がよかったのだ。


「ありがとう、デニス親方。すごく参考になったよ」

「おう、そうか。それならよかった。そうだ、もしかすると、世界樹の守り人と関係があるのかもしれねえな」

「そうなると、ボクがここにいることが大事ってことになるね」

「その可能性は高いと思うぜ? そのためにも、しっかりと地盤を固めなくちゃいけねえな」


 デニス親方の言う通りだな。町の開発に失敗して、追い出されるようなことがないようにしないと。そんなことになれば、世界樹さんの成長が止まってしまうかもしれない。せっかく立派な世界樹に育ちつつあるのに。


 世界樹さんのことを聞いてスッキリしたところで、隣町へと向かうことにする。すでに馬はルミ姉さんが馬車につないでくれており、準備は万端である。


「それじゃ、隣町へ出発しましょう!」

「ミュ!」

「隣町はここよりも大きい町なんですよね? どんな町なのか楽しみッス」


 ウキウキした様子のルミ姉さんが御者台に座るデニス親方の隣へ座る。

 楽しみにしているところ申し訳ないんだけど、そのままの二人の姿だとちょっと目立つんだよね。


 ノースウエストではドワーフとエルフが普通に出歩いているので、もうみんな慣れているかもしれないけど、隣町ではまだそうではないのだ。そのため、二人の低い身長はちょっと目立つことになる。

 その姿でお酒を飲むようなことになれば、止められる可能性だってあるのだ。


「ルミ姉さん、姿を変える魔道具を使った方がいいと思いますよ」

「そう言えばそうだったッスね。隣町ではあたしたちはまだ珍しくて、目立つんだったッス」


 そう言いながらルミ姉さんがマジックバッグから指輪を取り出して、自分の指につけた。その瞬間、ルミ姉さんの姿が変化する。

 出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ、抜群のプロポーションの女性が目の前に現れた。もちろん慎重もそれ相応に高くなっているぞ。

 ……詐欺だ。人族がこの魔道具を手にしたら、とんでもないことになるに違いない。


「どうッスか?」

「えっと、すごくいいと思います。そうだよね、フェロール?」

「それはまあ……はい」


 フェロールが困惑している。どうやら俺と同じことを思ったようである。そうだよね、詐欺だと思うよね。あの子供のような体型から、大人のレディーへと早変わりしたんだから。


「ルミ姉さん、その魔道具をボクがつけたらどうなるのかな?」

「これは人族が使っても何も起こらないッスよ。ドワーフ専用ッス。当然ながら、エルフさんたちが使っているのはエルフ専用ッス。あたしたちが使っても、意味はないッス」

「そうなんだ。それじゃその姿を変える魔道具はそれぞれ違った魔法文字で書かれているんだね」

「そういうことッス」


 なんだかホッと安心した。どうやら人族の中に姿を偽っている人はいないようである。

 でも待てよ。魔法文字を改良して、人族でも使えるようにしたら、安心できないのか。そんなことにならないように気をつけないといけないな。


 ルミ姉さんとデニス親方が人族の姿へ変化したところで、安心して馬車を進められるようになった。

 イケメンになっているデニス親方と美女のルミ姉さんが並んでいるので、今、御者台はとんでもないことになっているな。隣町で騒ぎにならないといいんだけど。


 そうこうしているうちに隣町へ到着した。もちろん俺たちの乗る馬車には注目が集まっている。久しぶりのこの感じ。なんだか居心地が悪くなってきたぞ。

 早いところ、やるべきことをやった方がいいな。


「まずは乗合馬車が止まっているところへ行こう」

「それでしたら、こことは反対側の出口になりますな」

「分かったぜ。それじゃ、そっちへ向かおう」


 馬車が町を横断している間も、なんだか視線がすごいな。どうせならもうちょっと目立たない姿になってほしかった。


「なんだかやけにジロジロ見られるッスね?」

「ルミナは人族の町へくるのは初めてだったか? すぐに慣れるさ」

「そうッスね、早く慣れるようにするッス」


 ガッハッハと笑うデニス親方。慣れる、慣れないの問題ではないような気がするんだけど、ルミ姉さんが納得しているみたいだからまあいいか。

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