第4話 おはよう、世界樹さん

 困惑した表情になったヨハンさんを連れて、今日の視察を終えることにした。世界樹の様子は約束通り、毎日、見に行くことにしよう。ここまで走って往復するようにすればいい運動になるはずだ。頑張るぞ。

 ヨハンさんの屋敷へ戻ってきたところで、先ほど知りたかったことを聞いてみた。


「ヨハンさん、この町にはどんな施設があるの? 学校はあるのかな?」

「学校はありませんね。必要ありませんから。もし、どうしても学校へ行きたいという子供がいたら、学校のある町まで通うことになるでしょう」

「学校はないのか……それじゃ、お店は?」

「定期的に商人が物を売りに訪れますよ。こちらから物を売りたい場合は、大きな町まで行く必要があります」


 うーん、それって、このノースウエストが町として認識されていないってことでいいのかな? ここでは、お金を使った取り引きがまともにできないってことだよね。もしかしたら物々交換が基本なのかもしれない。


「そっかぁ。それじゃ、大衆浴場とかも、もちろんないよね?」

「ええ、ありませんね。お風呂があるのはこの町では私の家だけですよ」


 ヨハンさんが誇らしげにそう言っているが、ボクは素直に感心することができなかった。

 ボクもまだまだ子供だった。大人なら、きっと笑顔で”それはすごいですね”と、ほめたたえていたはずだ。

 なんとなくそうじゃないかな、と思っていたのでそこまでの落胆はないけど、もう少し文化的な生活を、町のみんなにはさせてあげたいな。


 自分にできることは何かないのか。その日の残りの時間はそれだけを考えて過ごした。

 ボクにできること。ボクはまがりなりにもこの辺境の地を任されたのだ。それならこの辺境の地を、みんなが過ごしやすい場所にしたいな。


 よし、決めた。少しずつでも、ノースウエストの町を豊かで文化的な場所にするぞ。きっと世界樹さんもそれを見越してボクを”世界樹の守り人”に選んだのだろう。建国する権利なんてものを持ち出したのは、ボクをやる気にさせるためだったに違いない。きっとそうだ。




 翌朝、朝食を終えると、まずは世界樹のところへと向かった。もちろん走ってである。


「リディル様、ハァハァ、何も走って行く必要はないと思いますぞ」

「フェロールは無理して走らなくてもいいよ。ハァハァ、ヨハンさんの屋敷で待っていてもいいんだからね」

「ハァハァ、そうは行きません。リディル様を一人で行かせるわけにはいきませんからな!」


 相変わらず、ボクの護衛はフェロールだけだった。ヨハンさんも、ボクに新しい護衛をつけるつもりはないようだ。町の人たちはみんな忙しそうだったし、きっと人手が足りないんだろう。


 そしてどうやら、フェロールはボクを見捨てるつもりはないようである。どうしてそこまで。王城から追放されたボクにはもうなんの価値もないはずなのに。心がモヤモヤする。


「世界樹さん、おはようございます」

『おはようございます、リディル。私におはようを言ったのは、あなたが初めてですよ』


 なんだかうれしそうな世界樹さん。あいさつは基本だぞ。もっとも、木に向かってあいさつをする人はあまりいないとは思うけどね。

 そんなわけで、朝の時間は世界樹さんとお話をすることにする。今のボクには先生がいない。世界樹さんはボクの大事な大事な先生である。


『リディルは精霊魔法の使い方を知らないのでしたね』

「そうですけど……?」


 なんだろう。世界樹さんの顔は見えないはずなんだけど、なぜかニンマリしているように感じた。一体、何を考えているのだろうか。聞いてみたいけど、教えてくれるかな?

 どうしようかと思っていると、それを見越したかのように世界樹さんが答えてくれた。


『それならリディルには精霊魔法の使い方を教えてくれる先生が必要でしょう』

「確かにそうですけど、そんな人がいるのですか?」

『私に任せておきなさい。とびっきりの先生をここへ連れてきますから』


 エヘン! というせき払いが聞こえたような気がした。よっぽど自信があるみたいだな。もしかしたら、この世のすべてを知っている、仙人みたいな人が来るのかもしれない。どんな人が来るのか楽しみだな。


「よろしくお願いします」

「リディル様、あの、どのようなお話をされているのですかな?」

「そうだった。フェロールには世界樹さんの声が聞こえないんだったね。ボクに精霊魔法を教えるために、世界樹さんがここへ先生を連れてきてくれるみたいだよ」

「な、なるほど」


 困惑しているな。たぶん信じられないのだと思う。でも、これはいい機会だぞ。これで本当に精霊魔法を教えてくれる先生がここへ来れば、フェロールもボクが世界樹さんと話していることを信じてくれるはずだ。


『リディル、もしかして護衛はいないのですか!?』

「えっと、そうですけど……そんなに驚くことですか?」


 はぁ、とため息が聞こえたような気がした。木もため息をつくんだ。初めて知った。

 きっとあきれているんだろうな。ボクの価値を考えれば、当然のことだと思うけど、世界樹さんにとっては違うようだ。


『リディル、あなたはあなたが思っている以上に価値のある人物なのですよ。そのように卑屈になってはいけません。あなたは生きているだけで価値があるのですから』


 どうやら世界樹さんはボクのことを”かわいそうな子”と思っているようだ。

 そんなことはないぞ。生きているだけでもありがたやと、ちゃんと思っている。しかも権力争いというしがらみから離れることができたので、なおよしである。ボクは自由だ。たぶん。


『心配はいりませんよ。精霊魔法の先生だけでなく、あなたの護衛も私が手配しましょう。大船に乗ったつもりでいなさい』

「あ、ありがとうございます?」


 うわ、世界樹さんもフェロールと同じように、変なスイッチが入っちゃった?

 みんなが豊かで文化的な暮らしができれば、それで十分だとボクは思っているんだけどな。目指せ平和な世界。そこにはきっとスローライフが待っているはずだ。

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